第40話 ケカレ

近くに来てようやくきよの表情も分かるようになった。憎しみでいっぱいのきよの表情は、まるで鬼のようであった。

 それがあまりにも恐ろしくて、つむぎは体を震わせた。


「つむぎ。彼女だよ」

「え?」

「彼女……式町きよが、術師連続襲撃事件の犯人だ」


つむぎは顔をさっと青くした。


「そ、そんな事ありません!そうですよね、きよ様!」


つむぎがきよに問いかけるが、きよはつむぎを睨み返した。まるで殺したくてたまらないといった鋭い視線につむぎは言葉を失った。


「認めない認めない認めないみとめないみとメナイミトメナイ』


きよはブツブツと呟いている。本当に小さな声だが、静かな夜にはしっかりと聞こえる。そうして彼女の体から黒いモヤのような物が飛び出してきた。夜だというのにそのモヤはしっかりと視認できた。


「何でアイツが待ち伏せてるの?そしてあんたみたいな半端者が何で幸せそうなの?リヒト様みたいにかっこいい旦那を侍らせて。一体何様のつもりなのよ。私より下のくせに。あんたは私より下じゃないと駄目なのよ』


リヒトは眉間に皺を寄せた。


「私は式町家の跡取りなのよ私のいうことは何でも許される。そうじゃなきゃいけないの私は一番じゃなきゃいけないのよ貴方は邪魔なの。 私と同じように力を持っているだけでも許せない一番は私なの一番じゃないと私に価値はないよ』


息継ぎもせず捲し立てるようにブツブツと悪態をついている。

 そして歪みまくった表情でつむぎを睨みつけた。


『あんたなんか消えてしまえばいい!!!』


きよがそう叫ぶと、黒いモヤが勢いよくきよから溢れ出てきた。そうして黒いモヤは容赦なく二人に襲いかかってきた。まるで飲み込まれ出てこられなくなるのでは無いかと思うほど大きく覆い被さってくる。黒いモヤは見ているだけで気分が落ち込んでいく。つむぎは目眩を覚えた。しかし何とか踏みとどまってきよをしっかり見据えた。


「きよ様……?な、何なんですか、その力」


つむぎの焦った表情に、きよはようやく優越感に浸れた笑みを浮かべた。


「ふふふ。私ね、ずっとずっと貴方が憎かった。邪魔だなぁって思ってた。いやだな、て思ってたらね。真っ黒いものを見つけたの。触ったら私と一つになってね、力がみなぎってきたの』


きよはうっとりとした表情を浮かべていた。


「これは選ばれた私に与えられた力なのよ。私は選ばれた存在なの。でもたまに私の気持ちに敏感になってしまうのよね』


そうして困ったようにため息をついた。


「私の思い通りにならないと力が溢れてくるのよ。まるで世界が私に味方してくれてるみたいだったわ。だから私の嫌なもの全部消えていったのよ』


「消えていった」と言った時、とても嬉しそうに笑ったのだ。そんなきよの姿につむぎは息を飲んだ。きよはまるで子どものように無邪気だった。自分の感情に素直で、その通りに動いている。

 何人も犠牲となった術師襲撃事件。

 つむぎは被害者のことなんて知らないが、まさか犯人が自分のすぐそばにいたとは衝撃的だった。手足は震え、目を大きく見開いた。

 しかしリヒトはため息をつくだけで驚いた様子はない。


「自白したか」

「リヒト様……」

「大丈夫だよ、つむぎ」


見つめ合うつむぎとリヒトに、きよはまた眉間に皺を寄せた。


「私が気に入らないものは全部消えちゃえばいいわ』


きよは黒いモヤをつむぎに向けて放った。


「つむぎ!」


それに気がついたリヒトは慌ててつむぎを抱きしめて庇った。


「リヒト様!!!」

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