第38話 つむぎの告白
リヒトはつむぎの真っ直ぐな視線に姿勢を正した。
「何があったのか、話してくれるよね」
つむぎはゆっくりと頷いた。
「私は式町家の遠い親戚で、両親を亡くしてから引き取られたんです。母は式町家の出だったのですが、父は一般人だったと聞いています。純血を重んじる式町家なのに、術師ではない人間と結婚した母は勘当同然だったそうです。けれど私には術師の力がありました。母からもほんの少しですけど、 術について教えてもらっていました。けれど両親は私が幼い頃に亡くなってしまい、私は式町家に引き取られることになったんです。そこできよ様と出会いました。最初はきよ様と一緒に術を学んでいました。けれど次第にきよ様は私に冷たくなっていったんです。きっと、私が式町家の後継になるかもしれないと勘違いされたのだと思います。きよ様も式町家を守っていかねばならないという重圧があったでしょうから。それから私は術の勉強はせずにきよ様の身の回りのお世話をするようになりました。その時です。リヒト様との婚約話があると知らされました。義父はリヒト様はきよ様と結婚するのだと言われました。けれどきよ様はそれを嫌がって、私がきよ様として金城家に嫁いできたのです。けれど、きよ様が元に戻ろうと言ってきたんです。私は、身代わりですから……その……元に戻った方がいいと思ったんです。それで、式町家に戻って来たんです」
「……そっか」
つむぎの手は震えていた。
リヒトの言葉が怖かった。次に何と言われるのか、聞くのが怖くて仕方なかった。
リヒトはそんなつむぎの手を優しく包み込んだ。そしてつむぎに微笑みかけた。
「話してくれてありがとう」
その言葉に、つむぎは目を丸くした。まさかリヒトに優しく笑ってもらえるなんて思ってもいなかった。
嬉しくて。
安心して。
つむぎはまた涙を流した。
リヒトは困ったように笑って、つむぎの涙を拭ってくれた。
「俺の話を聞いてくれるかい?」
返事をしたいのに、言葉が出てこない。つむぎはこくんと頷いた。
「昔俺はやんちゃでさ。一人で色んなところに飛び出して行ってた。瀬戸もよく呆れてたな。そんな時にさ、偶然ケカレに出会っちゃったんだ。そのケカレから俺を助けてくれた女の子がいたんだ」
リヒトはその子のことを愛おしそうに話していた。
「俺はその子をずっと探していたんだ。そしたら術師会合で、その子を見つけた」
きっとそれがきよなのだろうと思うと、つむぎは心苦しくなった。
「その子は誰かの付き添いのようで、会場の外で立っていた」
つむぎは目を見開いた。
きよがそんなことするわけがない。
きよはいつだって義父に付き添って会場に行っていたのだから。
では誰なのだろう、と戸惑いながらリヒトを見つめると、リヒトは愛おしそうにつむぎを見つめていた。
「それが君だよ」
「え?」
そんなわけ無い。なんせリヒトが結婚を申し込んだのはきよなのだから。
「で、でも旦那様はきよ様のことが」
「うん。それはね、君の義父が仕組んだんだ」
つむぎは理解が追いつかなかった。
つまり、リヒトはもともとつむぎの事が好きで、結婚したかったということになる。
嬉しい。嬉しくて仕方ないのに、つむぎは軽いパニックになっていた。
口をパクパクさせて、顔は真っ赤で、言葉も出てこない様子だ。
リヒトはそんなつむぎが面白くてクスクス笑った。
「どうやら義父は金城家と繋がりを持ちたかったんだろうね。だから君ではなく、娘のきよと結婚させようとした」
「そう、だったんですね」
つむぎは何とか落ち着こうと視線を泳がせながら呼吸を整えた。
「でもきよがそれに反発した。そうして俺が結婚したかった君が嫁いできてくれた。紆余曲折はあったようだけど」
動揺して視線を合わせようとしないつむぎの顔を、リヒトは両手で包み込んだ。そうしてゆっくりとつむぎの顔を自分に向ける。
つむぎの顔は真っ赤で、熱いくらいだった。
戸惑いながらも必死にリヒトを見つめてくれる姿が愛おしくてたまらない。
「好きだ。俺は君を愛してる」
リヒトの言葉に、つむぎは目を見開いた。
リヒトはようやく自分の気持ちがつむぎに届いたような気がした。
つむぎは信じられない気持ちでいっぱいだった。
ーー言っても、いいの?私の気持ちも。素直に伝えていいの?
リヒトの赤い瞳が愛おしそうにつむぎを見つめている。今までその目は、きよに向けられていると思っていた。だから何度もその視線から目を逸らしてきた。
けれど、今は違う。
リヒトのこの視線は、つむぎに向けられている。
つむぎだけを見てくれている。
「わ、私」
つむぎはぽつり、ぽつりと言葉を漏らした。
ずっとそばにいたい。
愛してる。
ようやく、その言葉を言える。
「私も、好きです」
ずっとずっと、言いたかった言葉。
「好き」っていうたった二文字だけど、どうかリヒトに届いて欲しい。
「やっと聞けた」
リヒトの美しい顔が、悦びで溢れた。そしてつむぎを力強く抱きしめた。
大好きなリヒトの胸の中に閉じ込められて、つむぎの胸はいっぱいになっていく。
「好きです。大好きです、リヒト様」
そうして何度も好きと言う。
つむぎはこれまでリヒトに何度も救われた。それに見合うだけの「好き」を伝えたい。
一体どれだけ言えば、リヒトに届くだろう。
「好きなんです」
好きと言うたび、リヒトの抱きしめる力が強くなっていく。
もうずっとこの腕の中から逃がさないで欲しい。
ずっとずっと、このまま一緒にいたい。
「俺も」
リヒトの声は絞り出したようなかすれ声だった。
「俺も好きだ」
つむぎはリヒトを抱きしめ返した。この腕の中から、リヒトのそばから、離れられないように。
このまま時が止まればいい。
「ねえ」
リヒトはつむぎの耳元で囁いた。抱きしめあったまま、二人は離れようとはしなかった。
「名前を、教えてくれるかな。本当の名前を」
そう言えば、とつむぎは思った。
リヒトの前で名乗ったことはなかった。
「つむぎ」
つむぎはリヒトの耳元で名乗った。
「私の名前は、つむぎと言います」
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