第9話 緊急事態
『せ…瀬戸様〜!瀬戸様〜!!緊急事態ですぅっ!!奥様の緊急事態発生ですぅ〜!!』
あまねの大声を上げた。あまりに急な事で、つむぎは目を丸くし呆然と立ち尽くしていた。サイレンのように叫ぶあまねを止める事も出来ず、おろおろするしか出来ない。
近くにいた使用人達もあまねの言葉に驚き、あまねと同じように大声を上げる。
『奥様に緊急事態?!ちょっと走って瀬戸様呼んでくる!』
「緊急事態だ!!最優先事項だ!!!瀬戸様ーーー!!奥様に緊急事態ですぅーー!!」
『何ですって!?瀬戸様ーーー!!』
そうやって伝言ゲームのように屋敷中に大声がこだましていく。
ーー金城家の使用人の団結力は素晴らしいですね。
つむぎには、そんな現実逃避をするしかなかった。
しばらくすると瀬戸が焦った様子で駆けつけてきた。
その頃にはすでにつむぎの周りは悲惨な状況であった。あまねは泣きじゃくりながらつむぎに抱きついていた。他の使用人達もつむぎの足元にうずくまって泣いているものもいれば、悲壮感溢れる表情で黄昏ているものもいる。
何も出来ないつむぎは困った表情で駆けつけてくれた瀬戸を見つめた。
そんな状況に瀬戸は重いため息をついた。
「えっと……何事ですか?」
瀬戸のことばを聞いたあまねは勢いよく瀬戸の方へと駆け寄っていった。
さすが猫娘。見事な瞬発力である。
『瀬戸様!!大変ですぅ!奥様が!奥様が実家で大変な思いをされていたと!!』
「どういう事ですか?」
『奥様が実家では家事をしていたと!!』
瀬戸は考え込む素振りを見せた。
その様子を見たつむぎは「しまった」と心から後悔した。
ーー式町家のご令嬢が家事なんてしませんよね。失言でした。これで身代わりだとバレたら自業自得としか言いようがありません……。
つむぎは途方に暮れた表情をしていた。
「本当に式町家で家事をしていたんですか?」
「はい」
ここまで大事になってしまっては嘘をつくのはもっとまずい事になるだろう。つむぎは正直に頷いた。
瀬戸は再びため息をついた。
「奥様。この金城家では家事をする必要はございません。何かしたい事があると申されるのであれば、花嫁修行などいかがでしょうか」
「花嫁修行ですか?」
「ええ。見たところ、奥様は術師としての才をお持ちでもまだ使いこなせていないのではありませんか?式町家は術に関しては衰退していると伺っております。我が金城家ならば奥様の眠っている才を存分に発揮できるようになるかと思います」
「それはありがたいです」
確かに、術師の才を認められたからこそ式町家の一員となったはずなのに、つむぎは家事全般ばかりで術については何一つ教えられなかった。
金城家の一員として術を使いこなせるのは必須だ。
つむぎは喜んで頷いた。
「それでは明後日から行ってもらいましょう。先生をお呼びしますのでそれまではこの屋敷に慣れるよう、ゆっくりされてください」
「ありがとうございます」
さすがは瀬戸である。この場をうまくまとめてくれたおかげで打ちひしがれていた使用人達が温かくつむぎを見守りながら、歓喜の拍手をしている。
『よかったですぅ〜奥様ぁ〜』
あまねは今度は歓喜の涙を流している。
ーーどこに感動する要素があったのでしょうか。
そんな疑問は残るものの、せっかく丸くおさまったのだ。つむぎは何も突っ込まないことにした。
しかし、瀬戸はまだ引っかかる事があった。多くの使用人達に囲まれ喜ばれているつむぎをじっと見つめていた。
そしてその輪から少し離れた場所で見守っていたあまねを呼んだ。
「あまね」
『はい!何でしょう瀬戸様』
「内密に調べて欲しい事がある」
『内密にですか?』
「式町家についてだ」
あまねはピクリと耳を動かした。
『確かにつむぎ様はあの式町家の人間らしからぬ人柄ですね。式町家のご令嬢というのに荷物は少なかったですし』
「ここまでも歩いて来られたのだ」
『……わかりました。早急に調べます』
あまねは猫を呼び寄せて、何かを命じた。指示を受けた猫は颯爽とどこかへ去っていく。
瀬戸はじっと難しい表情でつむぎを見守っていたのだった。
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