第6話 金城家当主・金城リヒト
「あちらが金城家現当主のリヒト様です」
扉の向こうには、まだきらきらと輝く金髪に、赤く妖艶な瞳の美しい青年がいた。女性よりも美しく、彫刻のような整った顔立ち、陶器のように白く滑らかな肌、何をとっても人とは思えないほど美しかった。
人生でそれほど男性と関わる機会のなかったつむぎは顔を赤くした。
「きよ様。こちらが金城家当主・金城リヒト様です」
瀬戸のおかげで我に帰ったつむぎは慌てて頭を下げた。
「リヒト様。今日からお世話になります。式町きよでございます」
なるべくきよのように美しく品のあるように見せなくては。そう意識しながら笑顔を作った。
しかし、リヒトからの反応はない。
真顔のままじっとつむぎを見つめていて、何も言葉が返ってこない。
ーー嗚呼。やはり分かってしまいますか。
どんなにきよの真似をしようが、手入れの行き届いた可愛らしいきよとつむぎは似ても似つかない。
荒れ放題の髪の毛は邪魔にならないように束ねていてオシャレとは無縁だ。肌も日焼けしてくすんでいるし、きよのような可愛らしい顔立ちもしていない。
生活環境のせいか表情の乏しいつむぎは、どうしても無愛想になってしまう。
つむぎはそんな自分が恥ずかしくてついつい俯いてしまう。
「可愛い」
しんと静まり返った部屋の中に、ぽつりと漏れた一言が響く。
つむぎは聞き間違いかと思った。
「うん。やっぱり可愛い」
どうやら聞き間違いではなかったようである。つむぎは信じられず、困惑した瞳でリヒトを見た。
リヒトは老若男女を魅了する美貌で、うっとりした表情を浮かべて熱い視線をつむぎに送っている。その視線に耐えきれず、つむぎはそっと再び俯くのであった。
「可愛い」としか言わないリヒトに呆れた瀬戸がそっと声をかけた。
「旦那様本音が漏れております」
「いやだって瀬戸!可愛いじゃないか!」
「落ち着いてください旦那様」
「俺が言った通りだろう!昔から可愛かったけど、今はもっと可愛い〜」
そうして綺麗な顔をデレデレに崩して頬杖をついてつむぎを見つめた。
ーーきよ様だと、気づいていないようですね?
リヒトの態度は予想外だったが、何とか身代わり結婚は上手くいっているようだ。
安心したいところだが、リヒトの熱視線につむぎは戸惑うばかりであった。つむぎは異性からあんなに熱い視線を送られたことなんて勿論ない。耐性の無いつむぎの心臓にはとても悪い。
しかしそんなことお構いなしにリヒトはつむぎを愛で続けていた。
「リヒト様」
そんなリヒトに痺れを切らしたのは瀬戸であった。瀬戸の怒りのこもった声に、リヒトはため息をついた。
そして立ち上がり、つむぎの前で片膝をついた。
「改めて俺は金城リヒト。今代金城家当主で帝国直属術師第一部隊に所属している」
そうしてつむぎの手を取り、口付けをした。
何をされたのか、つむぎには全く理解出来なかった。ただただ頭が真っ白になって、立ち尽くしている。
「旦那様。奥様に西洋式の挨拶は刺激が強いのではないですか」
瀬戸に指摘されて、リヒトは残念そうにつむぎから離れた。
「驚かせたかな。俺は……まあ知っているだろうけど、母親が他国出身でね。母の国の風習がたまに出てしまうんだ」
「そ、ソウナノデスね」
この時ほど無表情でよかったと思った事はない。きっときよならこのくらい慣れっこなはずなのだ。きよの身代わりであるつむぎが動揺する様を見せるわけにはいかない。
「きよとは昔会ってるんだよ。覚えてないかな」
そりゃあ記憶にはない。あるわけがない。つむぎは曖昧に微笑むしかできなかった。
「もっと早くきよを見つけられたら良かったんだけど名前もわからなかったからね。時間がかかってしまったよ」
リヒトはそんな話をしつつ、つむぎの肩を抱いて椅子まで案内してくれた。そして丁寧にエスコートしてくれる。つむぎはぎこちなくならないよう、必死になりすぎて、あまりリヒトの話が頭に入ってこない。
そうしてリヒトはちゃっかりつむぎの横に座った。二人の距離は全く無い。ピッタリとくっついていて、正直狭い。しかし金城家当主に向かって狭いとも言えない。
「ここはもうきよの家だからね。のんびり過ごして」
「あ、ありがとうございます」
肩を抱いてじっと見つめるリヒトの視線が辛い。視線を逸らしていても、こんなに近ければどんなに頑張っても気になってしまう。
それどころか次第にリヒトの顔が近くなっていく。
「あの。ちょっと近い……です」
「おっと失礼」
つむぎから指摘されリヒトは距離を取ってくれた。と言っても肩は抱いたままだ。
「俺の妻が可愛いすぎて吸い寄せられちゃったよ」
キラキラした満面の笑みでそんな事を言われてしまえば、もうこれ以上何も言えない。つむぎは苦笑いしか出なかった。
「旦那様、そろそろ仕事です」
そんなつむぎの困った状況を見兼ねた瀬戸が助け舟を出してくれた。
しかしリヒトは頬を膨らませて駄々をこねた。
「えーもうちょっといいだろう?」
「駄目です」
その様子は幼い子供のようで、つむぎは思わず「可愛い」と思ってしまった。
「じゃあきよ、何かあったらすぐ呼んでね」
「は、はい」
名残惜しそうな表情をしたリヒトは、まるで子犬のようだった。何度も何度もつむぎの方を見て、項垂れながら仕事のために部屋を出て行った。
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