第5話 待ち侘びた花嫁
『お。瀬戸ではないか』
「ああ。ユエ様でしたか。不審者かと思い身構えてしまいましたよ」
『なんじゃなんじゃ。花嫁様を連れてきたのにその言い草は』
「花嫁様ですか?」
瀬戸はユエと呼ばれた男性の後ろにいるつむぎへと視線を移した。
由緒正しい金城家への嫁入りだと言うのに、荷物は少なく、しかも徒歩で現れた女性に、瀬戸は眉間に皺を寄せた。つむぎは瀬戸の気持ちも分からなくはない。
ーーこんな身なりじゃ花嫁には見えませんよね。
何だか急に恥ずかしくなり、つむぎは俯いてしまった。
『うむ。間違いなく金城家の花嫁様じゃ』
しかしユエは自信満々に頷いた。そんなユエに瀬戸はため息をついた。
「貴方がそこまで言うなら」
そうして瀬戸はつむぎの方へと近寄った。そうして深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました、花嫁様」
頭を下げられるという経験をした事がないつむぎは顔をさっと青くした。
「か、顔を上げてください!」
つむぎが慌ててそう言うと、瀬戸はゆっくりと顔を上げた。そしてつむぎの手から荷物を取った。あまりにも自然な動作につむぎは何も言えなかった。
「どうぞこちらへ」
「は、はい」
つむぎは瀬戸の言う通り、金城家の門をくぐった。
『お嬢さん、お幸せに』
「あ。ありがとうございました」
ユエから声をかけられ、つむぎは慌てて振り返り、頭を下げた。そうして頭を上げた時にはもうユエの姿はなくなっていた。
「いかがされましたか?」
「いえ。ユエ様がいなくなってしまったので」
「ああ。あの方はそういうモノですからお気になさらずに」
「そうなんですね」
「そう言えばまだお名前を伺ってませんでした」
「失礼しました。これからお世話になります。式町きよと申します」
つむぎは深々と頭を下げた。
きよの代わりに何としてもこの結婚をやり過ごさなくてはならない。つむぎは決意を固め、頭を上げた。
「お待ちしておりました」
すると瀬戸は口元を押さえ、感無量と言わんばかりの表情をしていた。先程まで冷静沈着で有能そうだった瀬戸の予想外の反応につむぎは戸惑った。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
何か粗相でもしてしまったのだろうか。それともきよではないとバレているのだろうか。
「いえ。失礼しました。ようやくかと思うとつい」
「ようやく?」
「はい。我ら金城家に仕える使用人一同貴方様を心よりお待ちしておりましたから」
瀬戸は花が咲いたような美しい笑顔を見せた。冷静な第一印象からは考えられないほど喜びに満ちた優しい笑顔だ。
何とも大袈裟な態度と言い振りにつむぎはプレッシャーを感じた。まさかこれ程までに金城家当主様がきよを愛しているとは想像もしていなかったのだ。
もし。もしも、つむぎだと分かってしまったら。
当主が望んだ女性ではないと分かってしまったら。
そう想像するだけでつむぎは背筋が凍る。
「さあ旦那様がお待ちです」
「は、はい」
だがつむぎに出来ることなんて何もない。
嬉々とした様子の瀬戸について行く事しかできないのだ。
つむぎが案内されたのは屋敷の奥の部屋だった。扉もかなり豪奢な飾りが施されていて、一目で当主の部屋だとわかる。
ーー御当主様はかなりきよ様に惚れ込んでいる様子ですし、きっとすぐに分かってしまいますね。
もう覚悟を決めるしかない。
きよに反発して身代わりを断る事も出来ないのだし、当主の怒りを買ってどんな罰を下されようと受け入れるしかないのだ。
「きよ様。こちらです」
つむぎは大きく深呼吸をして扉を開けた。
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