4-4 通行許可

 王都内を走る街道を、手をつないで歩く少年少女は、それだけで人の目を引く。

 ユシャリーノとミルトカルドは、お互いに気を使い、歩調を合わせながら歩いた。

 最近王都内でよく見かけられるようになったユシャリーノが、質の良い服を着た美少女と歩いている――王都民の目に映らないわけがない。

 王都民は、相変わらずユシャリーノを見た途端に物を投げようとすることに変わりはない。

 しかし、同時にミルトカルドの姿を見ると、敵対意識を消していた。


「今日は危ないことが起きないな。ちょっと心配していたから良かったよ」

「普段はそんなに色んなことが起きるの?」

「言っただろ、日用品から物騒な物まで俺を目がけて飛んでくるって。城へ行く必要がなけりゃ、ミルトにはできるだけ王都内を歩かせたくなかったんだ」

「もお、また優しいことを言うんだから。でも、ユシャが王都を歩くと何が起こるのかは見ておきたかったなあ。少し残念かも」

「いや、何かが起こったらまずいって。いいことなら歓迎だけど、悪いことしか起きないんだから」


 心配そうな顔で話すユシャリーノとは対称的に、ワクワクしているミルトカルド。

 ユシャリーノの手をしっかりと握っているからか、安心してキョロキョロと町のあちこちを見ている。

 何か起きないかと待っているようだ。

 ミルトカルドのワクワク顔を見ていると、何かが起きてしまいそうな気になったユシャリーノは、グイッとミルトカルドの手を引っ張って歩みを速めた。

 真っ直ぐ城へ向かうとあっという間に門にたどり着く。

 いつもの門番がユシャリーノを見つけると、笑顔を浮かべて声を掛けた。


「おお少年。いや、勇者だったな。また王様へ会いに来たのか?」

「門番さん、おはようございまっす。王様に勇者認証をしてもらうために来たんですよ」

「認証? そんなのこの前済ませたじゃないか……もしかして、勇者認証って期限があるのか?」

「いやいや、期限なんてあったら面倒臭いでしょ。そうじゃなくて、勇者認証をしてもらう人が増えたんだよ。聞いて驚くなよ? なんと、仲間ができました!」



 門番の目は、すでにミルトカルドへと向けられていて、格上の剣でも見定めるかのようにジッと見入っていた。


「かぁーっ! 勇者をなんてことに使ってんだよ。女の子を捕まえるとか、見損なったぞ少年!」


 ユシャリーノは、門番の言葉に妙な寒気を感じてギクッとした。

 何も悪いことをしていないとは思っている。

 しかし、なぜだか悪いことをしているような、やましいような気を持っていないとも言い切れないでいた。

 そこを見透かされたようで驚いたのだ。

 ユシャリーノは、少し慌て気味に否定する。


「ち、違うって! ミルト……この子が勇者探しの旅をしていたんだ。そしたら偶然俺を見つけて、勇者のパーティーへ入れて欲しいって――」

「こんな可愛らしいお嬢ちゃんが勇者探しだと? おいおい、勇者なら嘘も上手くつけよ。どう見ても上流階級のお嬢様じゃねえか。そんなお方を連れまわしていると、いくら本当に勇者だとしても、ただじゃすまねえぞ」

「かぁーっ! 門番さんは味方だと思ってたのにさ、なんだよ、違ったのかよ! がっかりだぜ」

「んなっ!?」


 門番は、王都民としてはどちらかというと寛容な性格の持ち主だ。

 その性格が門番に適しているかどうかは別として。

 無邪気に勇者気取りをしているユシャリーノのことを、今では可愛いく思えていたところだった。

 そこへ、ユシャリーノから自分に対してがっかりしたと言われてしまったのだ。

 門番は、胸に嫌な痛みを感じた。


「まあ落ち着け少年。一度冷静に俺の立場になって考えてみろ。思わず見守ってしまうぐらい、おぼつかない足取りだった少年が、美少女を連れて来たんだぞ。驚かないわけがないだろ。少年が使える武器といえば、勇者気取りぐらいだ。そいつを使ったと考えるのは自然だと思うが?」

「ひでえ……」


 ミルトカルドは、胸に何かがグサッと刺さったような仕草をみせたユシャリーノを心配そうに見る。

 そして心配そうな顔のまま門番へと視線を移し、目を潤ませた。

 門番は、ミルトカルドの表情に動揺し、ハッと我に返った。


「す、すまねえお嬢ちゃん。相手を疑っちまうのは職業病ってやつだ。俺は少年のことを嫌っちゃいない。それどころか、最近見掛けなくなった純粋な子で、会う度に元気をもらってたんだ」


 門番は、身振り手振りを付けて、ミルトカルドに早口で釈明する。


「でもな、あんたを連れて来たことに驚くのは無理もないだろ。どう見てもお嬢ちゃんが戦うって感じはしない。勇者になるなんて思えなかったんだ。だからつい――」


 門番も女性の涙には弱いらしい。

 自分の正当性を必死に訴えて好感度を保とうとしている姿は、道の反対側にいる仲間の門番をドン引きさせていた。

 ミルトカルドは、首を傾げて上目遣いで門番に願いを伝えた。


「通してもらっても、いいですか?」

「あ、ああ。認証するのは王様であって、俺じゃない。ここで足止めしていても時間の無駄だ。さあ、通りな」


 門番はゆっくりと片手を城へと向けて、通行許可を伝えた。


「満足のいく結果になるといいな」


 門番からのささやかな応援を受けて、ユシャリーノとミルトカルドは城へと足を進めた。


「あの人、門番失格ね」

「もう少し離れてから言えよ。聞こえちまうだろ」


 ユシャリーノとミルトカルドは、クスクスと笑いながら手を握り直した。

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