3-4 同調
ぱちぱちぱち。
再構築された家の中で可愛らしい拍手が鳴り響いた。
「すごーい! おうちが出来上がるのを見たのは初めて」
「初めてか。山で暮らしていると、あちこちに小さな拠点を作るから大したことじゃないよ」
二度の破壊……いや、紹介された時点ですでに壊されていたとすれば、三度の破壊を経験した空き家。
勇者ユシャリーノは強度を上げるために太い木材と石を導入し、外側を石壁、内側を木造の家へと仕上げた。
「できる人にとっては普通でも、できない人にとっては素晴らしいことよ」
「褒めてもらえるのはうれしいんだけどさ、その……抱きつかなくても」
「うれしさを伝えたいんだもん。嫌ならやめるように努力してみる」
「嫌ではないし、嫌なはずがない。でもさあ、汚れるし……どきどきする」
「あはっ!」
ミルトカルドは、ユシャリーノが照れるたびにテンションを上げる。
女の子耐性が低いユシャリーノは、意識すればするほど自身の首を絞めることになる。
「喜んでるのね! 私、もっとくっつくけど、いい?」
「はあ、まったく努力する気なんてないじゃないか……いいよ、それでミルトカルドが落ち着くなら」
「ユシャリーノ……わかるの?」
「わかるよ、それぐらい。こうして仲間同士になったとはいえ、会ったばかりじゃないか。まだ緊張やら不安やらがあって当然だろ。俺としても一緒にいるなら安心して欲しいしからさ、抱き着くぐらいなら構わないよ。き、緊張はするけど。もちろん、そっちがいやじゃなければってのが前提だよ」
ユシャリーノは、自分が口走った言葉で頭の中が混乱し始めた。
「俺、大丈夫か? 抱き着いていいとか女の子に向かって何を言ってんだか」
ユシャリーノは、首を振って自問自答している。
ミルトカルドは、その姿を見てさらに気持ちを高ぶらせ、抱き付く力を強めた。
「私のことをいっぱい考えてくれてる。あーん、すごくいい人に出会えた。素敵、とっても素敵よ。この出会いもあなたも、そしてこの世界も!」
ミルトカルドは、ぎゅうぎゅうとユシャリーノへの抱き着きを増していく。
「ほどほどにしときなよ。汚れるからさ」
「構わない。どこにいたって汚れることはあるわ。そんなの気にしていたら何もできないじゃない」
「君……いや、ミルトカルドは特別ってことにすれば気にならないのかな。うーむ、正直どうしたらいいのか、わかんねえ」
ユシャリーノは、押せ押せの少女に圧倒されている。
商い闘士のおばさんと比べると、どちらの圧が強いのか気になるところだ。
「よし。くっつくのはミルトカルドがしたいことなんだから、好きにすればいい。でも、服は作業用のを着てもらうぞ」
「そうなの? この服じゃだめ?」
「どっちみち一着しかないというのも、女の子にとっては厳しいんじゃないのか? それに、俺的にさ、その……汚したくないんだよ」
「あはっ! それじゃあさ、作業していない時ならこの服でくっついていいの?」
ユシャリーノは、頬をぽりっと一度掻いてからゆっくりうなずいた。
「それならあ、いいけどお、でもでもお、私の好みにしてくれる?」
ミルトカルドは、甘えた口調でおねだりをする。
「まあ、着るのはミルトカルドだからな。それに、俺が女の子の服について知っているとでも思っているのか?」
「そうね。任せたら何を着せられるんだろうって、落ち着かないわ」
「町の人に直したものを返しがてら、生地屋を見てみよう。といってもたぶん見るだけになるけど」
「どうして?」
「そりゃあ……高いからだろ。俺は、そんなにお金を持っていない」
「ああ……」
ユシャリーノの言葉にミルトカルドが納得すると、会話が途切れて空気が淀んだ。
「黙るなよ」
「ユシャリーノだって黙っているじゃない」
「俺は答えただろ。返事をするのはそっちじゃないか」
「ところで――」
「話を変えるな」
「変えないわ。お金がないのになんで生地屋へ行くの?」
「それはな、生地屋の商品を見たらどんな風に仕立てているのかわかるし、材料についての情報を聞き出せるかもしれないだろ」
「なるほどね。でも、お金があったら買うだけで済むのに」
ユシャリーノは、片手をぎゅっと握り締めて震わせた。
「くっ。ああもう、お金の話は終わり! 服ぐらい、俺が作る! そのかわり文句を言うなよ」
「作れるの!?」
「豪華なものでなけりゃな。山作業をしていると、服を直すなんてしょっちゅうだ。革さえあればなんとかなる」
ミルトカルドは興味津々なようで、目をキラキラとさせて話を聞いている。
「今着ているチュニックも自分で作ったんだ。これでも王様に会うんだからって、ばあちゃんがくれた上質な革だよ。ミルトカルドのとは比べ物にならないけど。それ、相当いいものだよな」
ユシャリーノにとって、服は作業用としか思っていない。
その視点から見れば、ミルトカルドの服は明らかに質が違う。
少々豪華な宴ぐらいなら、そのまま参加することができそうなほどだ。
「これってそんなに違うの? 勇者に会うならって頂いたものだから、それなりにいいのでしょうけど」
「知らずに着ていたのか。それでよく汚さずにここまで来れたな。感心するよ」
「ユシャリーノみたいに獣を追ったりしていないからよ。私、食べ物は木の実とか、行商の優しい人からいただいたりしたから。戦うこともなかったし……あら、言われてみれば危ないことってなかったかも」
ユシャリーノは、抱き着いているミルトカルドが見えないのを承知で、人差し指を後ろに向けて言う。
「そういうのを奇跡っていうんだ。まったく、女の子なんだから気を付けろよ」
「あらら、怒られちゃった。でもこれからはユシャリーノのそばにいるから、離れないように気を付けるね」
「そういう気を付けるじゃなくてさあ……ま、まあ、これから気を付けることではあるけど。たまにはそばにいない時だってあるだろ? そういう時に備えて日頃から身を守る意識は持っておいてくれないと」
ミルトカルドは抱き着いたままユシャリーノの耳元でささやく。
「ねえねえ。今、ユシャリーノって私のこといっぱい心配してるね。えへへ」
「そ、そりゃあパーティーの仲間なんだから、無事でいてもらわないと、な」
「……うん」
ミルトカルドはユシャリーノの背中に耳を当てる。
目を閉じて、ユシャリーノの身体の中を通って聞こえる声と、直接聞こえる声に癒されるのを感じていた。
「なあ、飯は食べたのか?」
「食べました」
「ならいいけど……まさか、随分前の話しだったりするんじゃないだろうな。いつ食べた?」
「えっとね、昨日の朝」
「はあ……肉でよければ食べるか? 塩でもあったらいいんだけど、あいにく持っていないから味は無いけどさ」
「あの猪ね。ユシャリーノが美味しそうに食べてたから気になっていたの。頂こうかしら」
ユシャリーノは、早速肉を焼くために動こうとするが、ミルトカルドが放さない。
「ちょっと放してくれるか」
「このままじゃ動けないね……でも、ユシャリーノの声が心地いいから放したくない。男の人の背中って大きいね。お父様を思い出すわ」
ユシャリーノは、ミルトカルドが話す度に伝わる振動を感じながら、ふと湧いた『素朴な疑問』を投げ掛けた。
「ミルトカルドってさ、上流階級のお嬢様なのか?」
「……え?」
もらいものとはいえ、上質な衣類を着用し、きれいな容姿を保ち、時々上品な言い回しもするミルトカルド。
ユシャリーノと気は合うようだが、物事を受け入れる器の大きさも違う。
格の違いは、その差が大きければ大きいほど気付きやすい。
「お嬢様が一人で出歩いて勇者を探すだなんて、あると思う?」
「ない、とも言い切れないだろ。どんなに無さそうだと思えることでも、自分の思った通りにいかないことなんて山ほどある」
ミルトカルドはゆっくりとユシャリーノを解放した。
しかし、手は背中に触れたままだ。
「もし――」
「もし、お嬢様だったとしても、別に何も変わらないよ。ただ、家の人が心配しているんじゃないのかと思うだけだ」
「もお……ちゃんと勇者っぽいじゃない」
「
「うふふ。そうだった、ごめんなさい。あなたが勇者じゃないのなら、私はここにいないし」
「ほんと、なんでそこまで勇者を求めているんだか――憧れてたら勇者になってた俺が言うのも変だけどさ」
二人は、互いにかみ合った『何か』が同じものだと実感した。
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