3-2 実は……。
ユシャリーノは、女の子との接し方に不慣れながらも気を使い、少女を客人として家に招いた。
「どうぞとは言ったけど、まだ家を直していないから外と大して変わらなくてごめん」
「知ってるから大丈夫よ」
「そういえば、見ていたんだっけ。いつから?」
「えっと……王都に入ってからどこを探そうか迷っていた時ね。歩いていたらここから落ち込んでいる人たちが出てきたの。何があったのかなって来てみたらあなたを見つけて――」
「起こされた時か……って、あの時からずっと見られていたのか」
ユシャリーノは、投げ込まれた物の中から比較的きれいな布切れを拾い、埃を払って床に敷いた。
「ちょっと汚れるかもしれないけど」
「わあ、ありがとう。ふふふ」
「なんだよ、何もないんだから仕方ないだろ」
「そうじゃなくて、優しいなと思って」
「……」
ユシャリーノは、ほんのり赤くなった頬をぽりぽりとかいて、無い天井へ目をやる。
わかりやすい照れ方は、少女に『安心』を送った。
少女が座ったのを見届けてからユシャリーノも座り、まだ解決していない疑問について再び尋ねた。
「にしても、もう一人はほんとにどこへ行ったんだ? ちょっと探してくるから待ってな」
「その必要はないわ」
「なんでさ。一人だと危ないだろ」
「もう勇者に助けてもらっているじゃない」
「いや、もう一人も……ん? そういえば、「初めから一人」とか言ってたっけ。どういうことだ? 俺は二人と会ったはずだ」
ユシャリーノは、上げかけた腰を戻して座り直した。
「……説明してくれ」
「もちろん。その代わり、私をパーティーに入れてね」
「パーティー?」
「……あなたまさか、パーティーを知らないとか言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさか、になるな」
「はあ――」
少女は大きくため息をついた。
「なんだか、勇者かどうか怪しくなってきたわね」
「そんなことはないぞ。このマントとブーツは王様から渡されたものだし、勇者の剣もある。全部勇者しか持てないものだ」
ユシャリーノはアイテム一つ一つをぽんぽんと叩いてみせる。
「それを見たから勇者だと思ったのよ。それに獣もあっさり捕まえていたから勇者に違いないって確信したの」
「あいつは弱かったな。逃げる猪は初めてだった」
思い出すように斜め上を向いているユシャリーノの表情は、だらしなく緩んでいた。
捕まえたことより味を思い出しているにちがいない。
少女は言葉と裏腹に随分と気を緩めているようで、横座りをして話を聞いている。
「勇者ってずっと同じ人ではないものね。聞いていた人と違うからって疑うのは身勝手なことだわ。ごめんなさい」
「別に謝ることはないよ。俺自身が勇者のことを何もわかっていないんだから、疑われても仕方ないさ。ばあちゃんから聞いたお話の中の人でしかなかったからな。今自分がその勇者だなんて、君よりも信じられないよ」
少女と目を合わせると、彼女から向けられる視線の当たり方が優しいことに気づいた。
警戒心が無くなっているのだとわかったユシャリーノ。
早くも自分に対して気を許しているということに、うれしさを覚える。
一人きりで初めて王都を訪れ、今までとは違う生活をしていこうという矢先だ。
平気なつもりでも、意識より力を入れ過ぎたり、緊張していたりもする。
そこで出会った少女も二人だけで自分を訪ねてきた。
新鮮で刺激的なだけでなく、自分と同じように心細さを感じていたのだろうと勝手に親近感も覚える。
と同時に、再び疑問を思い出した。
「えっと……パーティーだっけ? もう一人の子について教える代わりにパーティーとやらに入れろってんなら、初めにそっちを説明して欲しい」
「はいはい。えっとね――」
少女は、ユシャリーノの様子から、パーティーのことだけを話しても通じないと察する。
できるだけ噛み砕いて魔王や魔族、それに自分たちが神族派であることなどを話した。
「うう、魔術とか使うのかよ。そんなの一人でどうにかできる相手じゃないんじゃ……」
「そうとは限らないわ」
少女の言う通り、歴代の勇者の中には、一人で解決した者も幾らかいる。
途轍もない能力を有する者が誕生すれば、召喚されることがあった。
だがそれは稀なことであり、すべてと考えるのは浅はか過ぎる。
無いものと考える方が賢明だ。
基本的に勇者とは、各地を巡って魔族を討伐もしくは撤収させる。
しかし遠征して魔力を持つ魔族を相手にし、いずれは魔王討伐だ。
問題を解決していく中で、大抵一人では手が回らなくなり、複数での行動を求めることになる。
しかしユシャリーノが得ている勇者情報は祖母からの伝説話のみ。
それも祖母は推し勇者ばかりを教えたため、勇者は一人で活動するものだと思っている。
「ばあちゃんは好きな勇者の話しかしていなかったってわけか」
「可愛らしい方じゃない。いつまでも好みの人を想っていられるなんて、素敵だと思う」
ユシャリーノは一通り話を聞いて、それなりに納得したようだ。
「色々教えてくれてありがとう。確かに一人じゃ大変そうだ。パーティーに入れるって話、構わないよ」
「ほんとに!?」
「ああ。でもさ、俺と一緒に来るとなれば、君みたいな女の子を危ない目に遭わすことになるんだろ。わざわざ俺に付いてくることないんじゃ――」
「まあ! やっぱり優しい人ね。でもね、私なら大丈夫よ」
「いや、どう見ても大丈夫じゃないっていうか、目のやり場に困るというか……」
「ん?」
少女はユシャリーノが見ている目線の先を辿ってみる。
すると、短めのチュニックから露出している太ももに行きついた。
「あん、やっぱり男の人ね。こういうの、好き?」
「……聞くなよ」
「はは、好きなんだ」
「ま、まあ」
「相当好きそうね」
「ほっとけ」
「ふふふ」
頬と耳を赤くしてそっぽを向いたユシャリーノを見て、少女はくすくすと笑った。
「あなたに見せるためだから、好きなだけ見てちょうだい」
「俺に見せるためってどういうことだ?」
「勇者の仲間になるには、それなりの格好をしないとだめって聞いていたから。効果は抜群みたいね」
「その情報、気になってしょうがないな」
「気にしない、気にしない。いいでしょ、あなたの好みなら……ところで、名前をまだ知らないわ」
「そういえば……そうだな」
まるで打ち合わせしていたように、二人は同時に姿勢を正した。
「お、俺はユシャリーノ」
「私はミルトカルド」
ミルトカルドが名乗った時、ユシャリーノは何気に瞬きをした。
その一瞬の前後で光景が変わった。
「あ、君! やっぱりいるじゃないか!」
「ふふ。ユシャリーノ、人が突然現れるなんてできると思う?」
「できないと思う」
ユシャリーノは即答した。
「さっきもいつの間にか消えていたし。その子について教えてくれよ」
「もちろん。あのね、この子は私なの」
「それは聞いたよ。その理由さ」
「実は――」
ユシャリーノは、現れたり消えたりする少女が気になって仕方がない。
その真相をようやく教えてくれそうなミルトカルドへ、真剣な眼差しと共に体を前のめりにして答えを聞く準備をした。
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