アイデンティティ

結城綾

願望

「男の子だからその歳でもう買わないよね〜」

両親は無責任にも好きである俺に向かって話し続ける。

「う、うんそうだね」

ぎこちなく引き攣った顔をしているのかもしれなかった、でもそれぐらい趣味を土足で踏み潰すような発言に冷静沈着にはなれなかった。

このような両親の元で育ったからか、好きなことを好きと言えずに自己肯定感も失われていた。

大好物のぬいぐるみはお小遣いで購入するが、絶対に見つからないようなクローゼットに押し込んでいた……なのでクローゼットが本当の部屋であり居場所でもあったわけだ。

埃が溜まりやすく、ジメジメとしやすい場所だが、ここには布団を引いて空間を確立させていっている。

男の子という固定概念を捨てたグッズや壁紙を貼ったりして、「趣味」に謳歌した理想の部屋……俺の個性。

唯一の居場所さえも失えば、俺はここから消えるしかなくなる。

そんなある日のこと、いつも通りに友達二人が俺の部屋に遊びに来てくれた。

二人は高校の同級生で、よくつるんでいる相手ではある。

学校では仲がよくても、家にまで来てくれる友人はそんなにいない。

本当の居場所ではない仮染ではあるが、中々のインテリアではある。

ここにぬいぐるみさえ置けたらいいなと叶わない想いを抱きつつ。


「やっはろ〜〇〇!」

「お、お邪魔します……」

わんぱく青年と気弱で腰を低くする少女がドアを開けてやってくる。

「いらっしゃ〜い二人共」

母親は化粧と性格の加工により、あの人の気持ちを汲めない部分が消されている。

「お邪魔してまーす!」

彼らがそう挨拶すると、カーペットが引かれた上にある机に正座した。

「ほら、今日は協力プレイだぞ」

俺達はすぐにゲーム機を起動して、一人で倒せなかった高難易度のボスを倒しに向かった。

「そっち行けそっち……ああやられた!」

「えっぐ!一気に体力持っていかれた〜装備弱いんかぁ?」

わんぱく青年は腹立たしさを感じつつも、それも一興だと考えているのだろう。

「こ、こうすれば……よ、よし」

望外である出来事は、気弱な少女が意外にもゲームが器用であることと戦法が小綺麗である点であった。

鮮やかなバックステップで攻撃を交わしつつ、罠やスキルを発動してチャンスがあれば一気に攻める……そんな一面が俺には羨ましかった。

俺が出来ないことが彼女には出来た……俺もぬいぐるみのことを自慢したかったが到底出来そうになかったのだから。

「良いぞ!オッケーナイスゥ!」

わんぱく青年は勝利を確信してゲーム機から手を離す。


「ゲームクリア」


「なんとかなってよかったな」

俺は気弱な彼女に話す。

「そ、そうだね!良かった」

苦戦しながらも撃破成功した俺達はハイタッチをする。

「あ、やべトイレ」

あまりにも熱中しすぎたのか、体が震え出して尿が出そうになっていたことに今更ながら気づいてトイレに走る。

十分間にも渡る長いようで短いトイレとの戦いに決着をつけた俺は、自分の部屋に戻る。

「あ」

俺は膠着してしまった、部屋の光景にはクローゼットを開けた彼らがいたからだ……恐らくはぬいぐるみも認知されてしまったであろう。

心臓が破裂するように速くそして痛い。

指も動かせそうになく、頭もパニックとなり例の言葉が頭によぎってくる。

(男の子だから……)

それで目が充満して涙が流れ落ちそうになるが、これは必死に繋ぎ止めていた。

「あ、ぁ」

言葉にもならない感情を無理矢理に変換したためか、母音しか出てこなかった。

人生の終幕、たった一つの居場所を失った……かのように思えたら。

「すげーよ〇〇!」

二人からの予想外の台詞に俺はポカーンと口を開けたまま動かなくなった。

「こ、これ……限定品ですよねぇ!UFOキャッチャーでしか手に入らない物ですよね!」

「おおお、おう」

慌てふためき答える俺と相対して、オタク精神を持ち合わせた気弱な方は、もはやそのアイデンティティーを捨てて熱く語っていた。

「秘密基地みたいでカッケー、俺夢だったんだよクローゼットを自分好みの部屋にするの!」

「え、え、そうなんだ」

「いやなんで教えてくれなかったんだよこれは最高だ!今度からここで遊ぼう!」

勝手に話が進む彼らに違和感を覚えて啖呵を切った。

「お、おい!」

「なんだ?」

「見て何も思わなかったのか?男っぽくないんだぞ、クローゼットの中身のグッズとか!」

半ば本心で語る俺に向かって平然とワンパク青年は言う。

「だからなんだ?、これがお前なんだろ……だったら良いじゃんそれで」

「へ?」

はたまた呆然やら唖然やらをしてしまって思わず声が出た、さぞ当然かのように言われたのだから。

「そ、そうですよ、君が納得していたら僕達がとやかく言う覚えはありません……それにそういうのも唆りますねぇ〜」

唆られるのは別の意味で困る。

「そうだ、それに勝手に覗いた俺達も悪いんだ、なぁ〜」

「そ、そうですよって……〇〇君!?」

先程まで、いや違う。今まで必死に我慢してきた鬱憤やら固定概念やら先入観やらが軒並み排除されたのか涙へと変わっていったのだ。

「おいおいどうすんだ、あやし方分かんねぇぞ俺!?」

「こ、こういう時はこれですゲームで学びました!」

小声で話し合う彼らは結論づけたのかこっちへ寄ってくる……そして体を抱きしめてさすってくれた。

「泣いて良いんです、良いんですよ〜」

「そ、そうだぞ!」

口調が逆転した二人に対して俺は精一杯笑って見せた、痩せ我慢なんかじゃない。

「お、笑ってくれました……」

「笑ってこそ人ってもんだもんな!」

「うん……うん」

ただひたすらに頷き続けた……価値観の肯定による感謝と喜びで。





「じゃあなぁ、次はあっちで遊ぼうぜ〜」

「ま、また遊びましょう!」

彼らはそそくさと帰っていった、あの出来事がなかったかのように。

俺はずっと勘違いをしていたのだ、こうであるはず、こうであるはずがないといった固定概念に……先入観に。

だからこそそれをありのまま認めてくれた彼らが頼もしかった。

俺は部屋に帰る……クローゼットの中へ。

ここに入る瞬間は決まって憂鬱だったが今日は違う。

ここが陣地として確立された記念すべき第一歩なのだ、────なあ。

こんなの感極まずにはいられないに決まってる。







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アイデンティティ 結城綾 @yukiaya5249

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