KAC2023 ぬいぐるみの持ち主は……

かざみ まゆみ

ぬいぐるみの持ち主は……

 俺は、リサイクルショップの倉庫で、いつもの様に在庫整理のアルバイトに汗を流していた。


 まだまだ残暑か続き、倉庫の中はむせ返る様な熱気に満ち溢れていた。


「こんな所で働いていたら死んじまうよ!」


 俺は倉庫から逃げ出すと、店内に置いてある冷風機の正面に腰を下ろした。

 吹出口に触れるか触れないかのギリギリまで顔を寄せ、冷風を独り占めにする。


「あ~死ぬとこだった……」


 全身から吹き出す汗が冷風に当り、急速に俺の体を冷やしていく。


「倉庫で死ぬか、金無くて死ぬか。どっちがいいんだい?」


 急に背後からしわがれた声が響き、俺は身をすくませた。

 ゆっくりと後ろを振り向くと、苦虫を噛み潰したような顔の老婆が立っていた。その手にはペットボトルのお茶が握られている。


「茶の差し入れだよ。休憩はこまめに取っとくれよ。敷地内で死なれたら厄介だからね」


 ――相変わらず辛辣な物言いの婆さんだな……。


 敷地外なら死んでもいいのか? との、セリフは呑み込んだ。


「大家さん、ありがたく頂戴します」


 俺はペットボトルを受け取ると、半分ほど一気に飲み干した。


 ――ふー!! 生き返った……。ん? 大家の足元に見慣れないダンボールがあるな。


「新しい買取品ですか?」


 俺は残りのお茶を飲み干すと婆さんに聞いた。


「あぁ、これは持ち込み品さぁ……。特殊清掃の現場から来たモンだよ。売り物にすると祟られそうだからこのまま処分する予定さ」


 特殊清掃と聞いて俺は息を呑んだ。

 そんな俺の様子を見て大家が意地の悪そうな表情を見せた。


「どんな現場だったか教えてやろうか……。若い女がな、ダンボールに箱詰めされた状態で見つかったそうだよ。箱から漏れた血で、床一面赤く染まっていたらしいね……」

「それって、先日ニュースでやっていたアキバの事件じゃ……?」

「貧乏探偵は怖い話が苦手か? ヒッヒッヒッ」


 老婆がさらに意地悪そうに笑い声を漏らした。


 ――俺にとっちゃ大家の婆さんのほうがホラーだよ。


 大家がダンボールからピンク色の何かを投げて渡す。


「ウォッ! びっくりした……」


 それはピンク色のくまのぬいぐるみだった。


「ダンボールごと廃棄の場所に置いときな」


 そう言うと大家は足早に冷房の効いた室内へ帰っていった。


「なんだってんだ。まったく……。ん?」


 ぬいぐるみが俺の記憶に引っかかった。


 ――このぬいぐるみ、どこかで見た記憶があるぞ。


 俺は頭の中の記憶のページを猛烈な勢いでめくった。

 特技と言っていいだろう、出来事や場面を写真のように鮮明に思い出せる、瞬間記憶の能力である。

 たしか、ゴシップ雑誌で見た事件現場の写真だ。

 俺の頭に浮かんだのは、最近若い女の子の中で語られる都市伝説の一つだったはず。


 ――真夜中にインターホンが鳴り、それに出ると……と言うたぐいのやつだ。


 その事件で行方不明になった少女の、部屋の写真に写っていたのがこのぬいぐるみだ……。


「まぁ、同じメーカーのものなら幾らでも売っているか」

 都市伝説なんて馬鹿馬鹿しい。


 俺はぬいぐるみをダンボールに戻すと、他の廃棄物と同じ場所へと運んだ。


 夕方そのダンボールを見ると、くまのぬいぐるみだけが消えていた。

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