12 裂

「いたぞ! あれが最後の一匹だ」

 宮武昌也が大声で叫んでいだ。その声が夜の空気を震わせている。

「またしても電話回線を伝わって移動したのか? なんというやつらだ」

 という悪態をつく間もなく、

「早くCCDカメラで狙ってください」

 宮武は近くにいた自衛隊員に指示を下した。

「あいつが同じ方法で回線から逃げてしまわないうちに!」

 いわれた自衛隊員が慣れた手つきですばやくカメラをまわす。レンズが大きく絞り込まれる。私鉄T大学駅近くの串焼き屋を急襲した言語怪物が、その電子の瞳に認識される。CCDカメラに内臓された小型のコンピューター・ディスプレイが怪物を画素にまで分解・再構成していく。

 そして――

 怪物の姿が夜の街からふっとかき消えた。電子の檻に捉えられたのだ。後には、瞬間〈音楽〉が残り……

 すると、すかさず――

「やりましたね、先生!」

 いつの間に傍らにきたのか、対言語怪物作戦本部長の吉成和彦が宮武にいった。

「先生のアイデアは大正解でした。まったく人工知能に怪物を認識させて、それをコンピューター内に取り込んでしまうなんて、常人にはとても……」

「いや、違いますよ」

 すかさず宮武が吉成を正した。

「怪物の方が人工知能を認識したんです!」

 大きく首肯くと、宮武は、自衛隊員の抱えたCCDカメラから延びた太いケーブルに目を移した。緊張した面持ちで、

「けれども、まだやつらを消去してはいません。計算機のメモリ内に取り込んだだけです。消去が終わるまでは安心できませんよ」

 諭すようにそう呟くものだから、

「ええ、先生のおっしゃる通りですな」

 一瞬、ブルッと身を震わせて作戦本部長が答えた。

「あとは一刻も早くその消去を完了させなければ……」

 まるで反芻するかのように、

「ええと、確か怪物が自らを言語ファージとして人間の思考内部に組み込んだように、怪物自身の遺伝子内部にトランスポゾンのごとく消去プログラムを組み込むのでしたな?」

 ひとつひとつの〈言葉〉を紡ぐ吉成に、いちいち首肯きながら、

「ええ、大枠はそういうことになります」

 宮武が答えた。

 と、そのとき――

「宮武先生!」

 森平るう子の自分を呼ぶ声が、宮武の耳に聞こえてきた。

「ご無事だったんですか! ああ、よかった。でも……」

 といって、力無くその場にくずおれ、まるで六歳の少女のようにシクシクと啜り泣きをはじめた。

(どうしたんだね?)

 宮武の目がそう問いかける暇(いとま)もなく、

「前原クンがやられちゃったんです、あの怪物に!」

 と、いまはなき言語怪物のいた中空を見つめ、二度、三度としゃくりあげ、

「脈を見たら止まっていて……もう息をしていなくて……わたしを守ろうとして怪物にやられて……それで」

「わかったから、泣き止みなさい」

 宮武昌也の野太い声。

「酷なようだが、死んでしまった彼を思っても、詮ないだけだ」

 るう子を慰める宮武の声は、けれども暗い蔭りの中に沈んでいき、

 と、そのとき――

 ブル ブルブルブル ブルブル

 森平るう子の身体全体が内側から小刻みに振動しはじめた。

 ブル ブルブル ブル

 その振動の周期がだんだんと速くなり、彼女の、顎が、頭骨が、脛骨が、肋骨が、鎖骨が、脊柱が、腰椎が、座骨が、恥骨が、椎間板がビリビリと鳴り、心臓、肝臓、脾臓、肺臓、腎臓、胃、小腸、大腸、胆嚢、膀胱、上焦、中焦、下焦がグニャリといやな音をたててよじれ、肋膜、腹膜、横隔膜、脳膜、骨膜、結膜、角膜、網膜、弁膜、鼓膜、声帯がすべてその内側から脹れ上がり、張り裂けた。

 バ ン!

 大きく見開かれる彼女の目は事態を把握できず、ただ、ただ、ただ、あるひと言、あるひとつの解答を求めてさまよっていた……ように見えた。

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