第12話 そんな未来は絶対に嫌だ
「……え?」
「私はこれからも一緒にいられると思ってたけど……違うの?」
「いや、そうなんだけどそうじゃないっていうか」
彩朱花は言葉の選び方に苦戦してるのか、歯切れが悪くなっている。
「これから先さ?将来やりたいこととか考えたりして進路決めて、それで高校卒業したら私たちこれまでと同じように一緒の時間を過ごせる訳じゃないよね?」
「……まぁ、そうだね。それで将来に向けて自立して行こうってことなのかな」
「そういうことではあるんだけど……なんかそんなに前向きに捉えられてる話でもないっていうか」
「そうなんだ?」
今の内容を聞く限りでは、ちゃんと将来を考えてえらいなって思っただけだったけど、どうやらまだもう少し根の深い話らしい。
「
「私は正直まだあんまりそこまで具体的には考えてないよ。とりあえず彩朱花といられるならなんでもいいって思ってる」
「私といられるならって……どれくらい?」
「……え?」
私は『どれくらい?』と聞かれた意味をすぐには汲み取ることができなかった。
どれくらいと言われたって、例えば1日何時間?一緒に居たいだとかなんて特に深く気にしたことがないから。
それくらいに当たり前のように、私達はずっと一緒に居た。
……もしかしてそれってつまり。
「あのね、千賀。さっき私が言った、高校卒業したらこれまでと同じように過ごせないってこととかは考えたことある?」
「……ん、まぁなんとなく進学で引っ越したりしても、一緒に暮らせるような関係でいられたらいいなって思ってはいるくらい……かな」
「もちろんそうなる可能性もあるよ。でもね、今と同じくらい一緒に居るためにはそれだけじゃなくて、大学の同じ学部で同じ授業とったりとかもしないとダメなんだよ」
「……うん」
それの何がダメなのか、彩朱花の言いたいことがだんだん分かってきた。
つまり、同じ大学に行って同じ学部に入って、お互いの生活を完全にすり合わせなければいけないということは、自分の本当にやりたいことや夢を犠牲にしなければ成立しないということ。
「それだけじゃないよ。就きたい仕事だって別々の目標が出来るだろうし、仮に同じ会社に就職したかったとしても2人揃って受かるなんてほとんどありえないことだと思う」
私の言いたいことはここからだと言わんばかりに、彩朱花はさらに付け加える。
「何が言いたいかっていうとね、今と同じくらい一緒の生活をこの先も続けるにはそれくらい無理を通さなきゃいけないでしょ。それって逆に言えば、今の当たり前の生活ってすっごい奇跡の上に成り立ってるんだよ」
「うん、そっか。……確かにそうだよね」
「だからさ、これから大学か就職かを決めたり、じゃあどこに行くかとかちゃんとそれぞれの気持ちを考えたら離れ離れになっちゃったりするかもしれないんだよ」
「むしろ普通はそうなる方が自然だってことだよね」
「うん……。そうなったら、会えるのは何日かに1回とか月に1回……1年に1回すら普通になっちゃったりする人も多いみたいでさ、それを考え始めたらこの先がつらいな……ってさ」
俯きながら話す彩朱花は随分と具体的な未来をいくつも見ていた。
私は彩朱花がそんな風に考えていたことも、悩んでいたことも何も知らなかった。
「彩朱花はいつからそういう風に考え始めたの?」
「ん~、中3の時に高校の志望校を考えてる時期だったかな。高校卒業までは普通に学生だけど、その先ってどうなるんだろうって。当たり前のように同じ方向に進むと思ってた未来はほんとに当たり前なのかなってさ」
……そういえばその時期の私は何も考えていなかった気がする。
具体的な目標もないまま、彩朱花と同じでいられさえすればいいって、進路希望はとりあえず彩朱花のを丸写しして出したんだった。
その時私の脳裏にあの言葉が不意に蘇った。
中3の頃で彩朱花が志望校を考えてた時期、それよりも少し後の話。
『私も、千賀のことはほんとに大好きだよ?でも、付き合うって話になると……うーんと、全然嫌じゃないし、むしろ嬉しいって思うんだよ?だけど……えっと……ごめん……』
この言葉ってもしかして。
脈なしで振られた訳じゃない可能性があるんじゃないかって。
私は確かめずには居られなかった。
「もしかして私と付き合いたくなかったのは、ちゃんと目標を作って将来を決めたかったからとか、付き合っても将来離れ離れになるかもしれないからだとか……そういうこと?」
「……うん、まぁ半分はそう、かな」
……自分で身構えていた以上にショックを受けている。
理由はそれしかないだろう、そうであってほしいと淡い期待を抱きながら質問をした私のメンタルでは『あとの半分はなに?』なんて聞けなかった。
でも、こちらから聞かなくとも彩朱花は答え始めた。
「あと半分はね。もし仮に付き合ったとして、そしたら新しい自分の気持ちとかと向きあって行かなくちゃいけないし、お互いの好きの種類とか熱量だって違ったりするかもしれなくて、また千賀との関係を1から始めるとしたらこれまでにないくらい気持ちがすれ違うかもしれないでしょ?」
……確かに、それは少し考えたことがある。私ばかり彩朱花が好きで、それが彩朱花にとって嫌だったりしないかなとかは結構気にしていた。
そしたらさ、と彩朱花は続ける。
「もし上手く行かなくなって別れちゃったりして、高校生活すら途中からもう一緒に居られないなんてことになったら、千賀との思い出すらほとんど残せなくなっちゃうのが怖かったんだ」
「思い出すら……?」
私は彩朱花のこの言い方に少し引っかかる部分があった。
そういえば、高校に入ってからの彩朱花は『思い出』と度々口にしていた気がする。
一番印象に残っているのは、あの桜並木の喫茶店でのこと。
写真部に入ることを決めた彩朱花は、どこか儚い笑顔を浮かべながら『いっぱい思い出残そうね!』と言ったのだ。
私達は将来ほとんど一緒に居られないだとか、思い出を残そうだとか、それに高校生活を満喫すること自体に力を入れようとしていた気がする。
彩朱花はもしかして、凄く悲しい未来を見てるんじゃないだろうか?
「高校生活くらいはね、今まで通り友達として仲良く3年間沢山思い出作ってさ。私たちが将来大人になってほとんど会えなくなっちゃっても、あの時は楽しかったなぁって振り返られる思い出が沢山あったらさ、きっと少しはつらくないと思うから」
やっぱりだ、彩朱花の思い描く未来にはどうあっても私はいないんだ。
私達は必ずどこかのタイミングで離れ離れになって、何年も会えない生活になっていく。
そんなことを想定して、覚悟をして、そして諦めてしまったんだ。
将来の夢や目標はもちろん大事。だけど、私にとっては何より彩朱花との時間が大事。
だから、そんな未来は絶対に嫌だ。
「思い出だけが残ったって意味がないよ。夢や目標を大事にするのは良いことだけど、その先は過去ばっかりを思い返して過ごすなんて矛盾してるし、私はそんな寂しい人生にはしたくない」
私は彩朱花を初めて真っ向から否定した。
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