ep4 恐怖!バミューダマンドラゴラ

 

 ぴちょん。


 いや――ぴちゃん?


 どっち?


 奥深い闇のなかから響いてくるのだ。水のはじける音が……


「――さん!」

  「――」

 「凶さん!」


 落夢の声。


 ガバリと身を起こす必要はなかった。両手に巻きついた頑丈なツタで、私は吊るされているのだ。

 ここは独房じみて湿った小部屋である。


 床は畳葺き、天井はむき出しの岩。壁には本棚があって、小さなすり鉢とすりこぎが転がっている。

 畳中央にはオイルランタンが置いてあり、まるで統一性がない。


「眠ってたのか――」


 拘束をちぎって床へと降りる。

 そこで気がついたが、この部屋にはドアがない。周囲は乱雑に張り付けた何枚ものベニヤで覆われていた。

 

「ふんっ」


 手近な板をタックルで砕くと、勢いあまって洞窟に飛び出た。向こうに、ほんのりと明るい十字路が見える。

 ここは『ゲストルーム』と呼ばれていた分岐路の末端らしい。


 相当な騒ぎを起こしたが、誰も出てこない。

 その代わり、絹を擦るように妙に艶っぽい女の喘ぎが、遠くから微かに響いていた。

 声の中に――


「……凶さん」

「落夢!」


 十字路に差し掛かると、真向かいの通路から、何重もの卑猥な音声がきこえてきた。

 ――なるほど、『愛の国』。


 ドラッグの製造コミューンでありながら、一個のセックスカルトでもあるのか? 騒ぐ胸を押さえつけながら近づく。

 

 通路の壁にドア代わりのボロ板が立てかけられ、音はそこから鳴っている。

 景気づけに顔をはたき、


「オラッ!!」


 ドアを破り突入すると、そこには落夢が居た。

 落夢はモコモコの服を着て、湯気の立つココアを呑みながら、真向かいのベッドで阿呆みたいにまぐわう人々を見て「わはは」と笑っていた。


「あ、凶さんどこ居たんスか。めっちゃ面白いスよこれ」

「は?」

「見ててくださいね。今から速度を0.25倍から2倍にします! ハッ!!!」

「は?」


 円形の巨大ベッドの上で、全裸の人々が慌ただしく性交をし始めた。まるでチャップリンを見ているようなスピード感だ。

 段々、彼らがホールケーキ上で踊る小人のように見えてくる。不思議な感覚である。

 

「ケタケタケタ」

「おまはん、何しとん」

「なんでしょう。『愛』っての飲んだ影響スかね。時を加速できるようになって……」

「違う違う違う! ……まあ無事ならいいか」


 私はベッドの足を掴んで転覆させ、6名の男女を下敷きにした。


「おいカスども、良いかよく聞け。『次に舐めたマネしたら』って言葉があるが私は一度たりとも許容しないぞ。今からする質問に迅速に答えろよ」

「みゅい~」


 変な返事だ。成人男性の声帯とは思えぬ。


「おい」


 今しがたうつぶせで返事をしたアジア人の顔を持ち上げる。


「みゅい~」


 それは奇妙な生命体だった。

 白目をむいた男の喉から、ひょっこりと、奇形のダイコン……あるいはマンドラゴラめいた樹皮のカタマリが顔を出し、そのつぶらな目で私を見ている。


「なにこれ?」


 まったく失策であった。

 そいつは私が『口を開く瞬間』を待っていたのだ。目にも止まらぬ速度で男の口内を飛び出したそいつは、私の咽喉へと急速に侵入。声帯の辺りで固着して、まんじりとも動かなくなった。


「ゲエエエッ! な、なんだこいつはッ!」

「わはは。タイノエみたい」

「何だよそれも」

「え、タイの口内によくいる寄生虫ですよ……」


 絶対に今はどうでもいいだろ。


 指を突っ込んでみるが、そいつは優良物件に引っ越したての地蔵のようにびくともしない。そのうちに嘔吐感が来て、私はゲエゲエと吐いた。


 これも失策だった。残り5名の口から飛び出たマンドラゴラが私の喉に突入して営巣した。


「あっ……かはっ……」

「うわ、大丈夫ですか。流石に」

「ひゅ、し、ひゅ、死ぬ、」

 

 私の思考回路に妙なノイズが走った。

 対処法を考える思考の隙間に、『みゅい~』だの『にょにょみ~』だの、こいつらが発する電波かなにかが混線してくる。


「(『こいつ』は本格的にマズいっ!! みゅい~)」


 思考そのものを、みにょぷ、乗っ取られたらお終いだ。

 

「ら、落夢っ、今すぐこいつらの弱点を探れっ……早みゅ!」

「今の例を見ると、宿主が攻撃されると飛び出すみたいですが……まあ良いんじゃミュイですか」

「……は?」

「なんミュイか?」


 そのとき私は確かに見た。

 落夢の喉の奥から、こちらを見つめる二つの瞳を。

 そして直感する。

 

 こいつは、『愛』というドラッグを介して繁殖する、未知の寄生生物――ッ!

 バミューダ・マンドラゴラだ……! これからはそう呼称する!


「(そいつが、みゅお~ん。落夢に1匹、私には5匹……?!)」


 完全みゅにマズい。

 コイツらに頭をジャックされれば、いずれ私は性交を始め、コイツらと共に子孫繁栄みゅる羽目になる。


 そうなみゅ前に、手を打つ。

 思い出せ、みにょぷ、事ここに至るまでに――気になることはなかったか?


 


 だが最も気になるのは……


「凶さん。見てくださいこれ。愛の『繋がり』です」


 落夢はズボンをずり下げ、恥骨の辺りに生じた『カサブタ』を見せつけてくる。その樹皮からは一本、『絹のような糸』が、元来た道へと伸びていた。


「(これはどこに繋がってる?)」


 生物がどこかに向けて管を伸ばす場合、何らか、生存に必要な物質を輸送しているものと考えられる。

 こいつは、人に寄生するだけでは栄養をカバーできない……?


 またあるいは、こいつが吸い取った栄養素が、どこかへと運ばれている?

 どちらにしろ、この先を探ることに、打倒の手がかりは『必ずある』。


「オラッ!」


 落夢のこめかみを殴り、即座に昏倒させる。

 倒れた落夢を抱えて、私は糸の先へと駆けだした――!


(つづく)

 

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