第2話 転移先の日本の常識


 僕が藤原さんとの新人歓迎会を終えて帰ってきたのは、夜の10時を少し回ったところだった。会社が借り上げたワンルームアパートを社宅として提供されており、僕達はそこまで、ちょっと千鳥足になりながら帰ってきたのだ。


「……明日も仕事頑張ろうな!じゃあお休み大輔君」


 そう言ってふらふらとアパート一階の一室に入っていく藤原さんを見送り、僕も二階の自室へと歩みを進めた。


「ただいまー」


 玄関で靴を脱ぎながら声を出すと、部屋で待っていたであろう『お助け妖精』ララの声が聞こえてきた。


「おかえりなさい。入社初日はどうでしたか?」


 僕は脱いだ靴を揃えて自宅へと上がった。これといった特徴のない白い壁紙、玄関を上がって、すぐ右手側にユニットバス、廊下というのもおこがましいような長さの廊下を二歩ほど歩くと左手側にキッチンと冷蔵庫そして、こじんまりとしたテーブルが並ぶ。部屋の片隅には、ララがずっと使ってきたらしいこの部屋には似つかわしくない大きさのダブルベットがドンと置いてある。


「……まぁ上々かな?ところでララに聞きたいことがあるんだけど」

「はい!なんでしょうか?」


 僕がベットに腰かけると、ララは僕の右肩に腰かけそう尋ねてきた。


「……ゴブリン?がでるなんて聞いてなかったんだけど」

「はい!言ってませんからね」


 全く悪びれた様子のない彼女を見て、僕は少し毒気が抜かれた。


「というか、表向きは僕が暮らしてきた日本とそこまで変わらないのに、どうしてモンスターみたいなのがいるの?」

「それは、話すと少し長くなりそうですね。酔い覚ましに紅茶でもいれますね」


 そう言って彼女はキッチンへと飛んで行った。しばらくすると紅茶が入ったカップを二個浮かべて持ってきて一つを僕に差し出した。暖かい紅茶に一息つく。


「それでは、なぜモンスターが出てきているかですが……。はっきり言って現状何もわかっていないというのが正直なところです」

「えっ!?」

「何か原因はあるはずなのですが……。モンスターがでるようになったのは五十年ほど前、何の前触れもなく地上に奴らが姿を現しました。その時は、多くの民間人が犠牲になりました。そこから各種研究機関が動き出し、モンスターの研究が始まったのです」

「……なるほど」

「その当時、私はまだお助け妖精半人前の見習いでしたが、よく覚えています。街には悲鳴と怒号が響き渡り、逃げ惑う人々。そして、次々と倒れていく仲間たち……」


 そう語るララの表情はとても辛そうだった。


「辛いなら話さなくても大丈夫だけど」

「……いえ、……それから5年ほど私たち地上の民は試行錯誤を重ねていました。そして、ある研究者が出した論文が評価を受け、今では常識になりつつあります」

「その論文っていうのは?」

「簡単に要約すると、モンスターが出現するのは私たち人類が多く集まる場所に限られる……ということです」

「ひとが集まる場所か……」

「例えば、病院・図書館・市民プール・百貨店・スーパーなどですね。他にもありますが、集まる人数によって、モンスターの数だったり、強さが変わるのではないか?というのもその論文に書かれていました」

「それなら、小さな診療所とか小さな建物を乱立すれば防げるんじゃないの?要は、人が集まらなければ強いモンスターは出現しないってことだし。」

「……そう考えた人が当時は圧倒的多数でした。しかし、20年前の関西での一件以来、誰もそうしようとは思いませんでした……」

「……なにがあったの?」

「私は関東圏からでたことがないので、これはあくまで記録に残っていることや、他の妖精から聞いた話も多分に含まれます」


 ララはそう前置きして話し始めた。


「……先ほど大輔さんが言った通りに、当時の関西は屋台のような店構えで移動しながら商いを行うのが常識となっていたらしいです。」


 そう言いながら、ララはキッチン上の収納棚に向かい飛んでいく。戻ってくると一枚の紙を差し出してきた。


「これは……?」

「大輔さんも見慣れていると思いますが。日本地図です。開いてみてください」


 四つ折りになった紙を開いてみると、地理の授業などで県名を覚えた記憶があるような見慣れた普通の日本地図であった。北海道があり、青森・秋田・岩手……と目線を落としていく、と、ある地点で目線が止まった。


「……えっ」


思わず声が出る。ちょうど滋賀県の琵琶湖辺りから西側の日本地図が真っ黒に染まっていたからだ。


「これはどういう……?」


僕のつぶやきにララが答える。


「結論から言えば、関西圏は『魔王』が出現して滅びました。そこから西は現在も強力なモンスターがひしめき合い、人が住むことはおろか植物さえも生えない土地になったと聞いています」

「つまり、小さな集まりを作りすぎるとそうなるってこと?」

「……原理はわかりませんが、それが今の世界では常識です。そこで、政府が苦肉の策として出したのが『建築物特別措置法』、通称ビルメン法です」

「ビルメン法?」

「はい。これは、今まで建物の管理を行ってきた人にモンスター討伐義務を課すという法律で、討伐したモンスターの数や強さで管理会社に国から補助金をもらえます。年間の討伐条件をクリアすれば個人にも国から報奨金がでます」

「それはなんというか……無茶苦茶な気がするけど」


 結局国は民間に問題を丸投げしてしまった、ということだ。僕の暮らしていた日本でもそう見えるようなことが多々あったが、こちらの日本でも同じく多々あることなのだろう。


「ですが、こうでもしないと今までの生活基盤をすべて失うことになりますので……。世間からは高給取りだけど、なりたくない職業として『ビルメン』は有名ですね」


 確かに、誰が好き好んで毎日のように命を賭け地下深くに行きたいと思うだろうか。例え給料がよくても人気がでないのは頷ける。僕はそう考え話の続きを聞いた。


「なので、こちらの世界に働きたいって人がいないなら連れてきちゃおう!という安易な考えのもと、私たち『お助け妖精』は日々別世界から人材をスカウトしてきて、その方をお世話しているってことです!」

「ん?じゃあ僕の暮らしてきた日本にも帰れるってこと?」

「それは……ほぼ不可能です!なぜなら私たちの異世界転移は毎回どの世界の年代、地域にいくかも、ランダムだからです」

「……そうか戻れないのか」


 あまり前の日本に未練がない。というと語弊があるが、僕は結婚していたわけでもなく、唯一の身内、両親も僕が社会人になって4年ほどしてから交通事故で他界していた。親戚はいるにはいるが、遠方に住んでいたこともあり、ほとんど付き合いはなかった。

 僕が少し考え込んでいると、ララが心配そうな顔でこちらを覗き込んできた。


「……やっていけそうですか?もし今の、お仕事がダメでも私は大輔さんについていきますからね」


 後から聞いた話だが、『お助け妖精』という人種は異世界から連れてきた人に対して身を粉にする勢いで世話するらしい。例に漏れず僕の相棒ララもそういった考えのもと家内の雑事はすべてしてもらっている。


「とりあえず岩の上にも三年という、ことわざもあるし自分ができる限りは頑張ってみるよ」

「その意気です!では夜も更けてきましたし寝ましょうか」


 ララは先ほどまで紅茶が入っていて、今は空となったカップをキッチンまで持っていき、部屋の明かりを消した。僕も酔い覚ましの紅茶が効いたのか、これから眠るのにちょうどいいくらいの酔いに任せてベットに横たわる。


「しかし、こうやって並んで寝るとか新婚さんみたいですね」

「実は僕、酔うと寝相が悪いみたいだから潰したらごめんね……」


 ほぼ真っ暗になった部屋でララの冗談に僕も冗談を返す。酔いが回ってきたのか、その後ララが何か言っているのを聞き流して僕は眠りについた。

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