君のための戦い 1話

 翌朝、私達大月班と小野班、蘭さんはデパート裏に集まっていた。蘭さんがみんなに声をかける。

「みんな、集まってくれてありがとう。私達はこれからこの事件の首謀者をとらえるため、新潟へ出発する。ここで悲しみの連鎖を断ち切るんだ」

 マナンのせいで苦しんだ人をたくさん見てきた。朔、つるぎ、合宿先で出会った女性、公園で出会った男の子……これ以上悲しむ人を増やさないため、私達の手で終わりにするんだ。

 運転席の祐太郎に蘭が声をかける。

「祐太郎、新潟支部へ向かってくれ」

「分かりました」

 新潟支部の坂の下にある駐車場に車を止めると、蘭が言った。

「私に思い当たる場所がある。ついてきてくれ」

 山道を逸れて草木の生い茂る中を進んでいくと、目の前に小川が現れ、その隣には小屋があった。

「ここは私と智春が慕っていた先生のアトリエなんだ。智春について何か聞ければいいが……」

 その時、小屋の扉が開いた。

「待ちくたびれたよ、蘭」

 現れたのは一人の男性だった。

「智春……!」

 蘭が怒りを込めた口調で言う。

「そこは先生のアトリエだろ! 何でお前一人がいる!」

「先生はね、五年前に亡くなったよ。その後は僕が使わせてもらっているんだ。最期に蘭に会いたがっていたなぁ」

「そんな……」

 蘭は先生の死を知ってうつむいたが、すぐに智春を睨みつけた。

「お前がマナンを作っていたんだな!」

「マナン……? ああ、この子たちのことか」

 そう言って智春はシャツの胸ポケットから小さなマナンを取り出した。

「蘭はそう呼ぶんだね。いい名前だ」

「ふざけるな! 私達はお前を捕まえに来たんだ!」

「まあまあ、そう急ぐなって。せっかくの再会なんだ。楽しくいこうじゃないか」

 智春のふざけた言葉に蘭は奥歯を嚙み締めた。

 祐太郎が何かに気づいたように呟く。

「あの人、前に新潟で朔が助けた人です」

 そう言われてその男の顔をよく見ると、確かに見覚えがある。

「あいつがマナンを生み出した犯人だったのか……!」

 朔が怒りの眼差しを向ける。その視線に智春が気づいた。

「君は朔君じゃないか。あの時はありがとうね。でもうちの子を蹴飛ばしたりするのは良くないなぁ」

「お前……何であんな、人の苦しみを弄ぶようなもの作ったんだ!」

「何のためって、世界を作り直すためさ。僕一人じゃ労働力が足りないからマナンを使って他人を利用している。負の感情を増幅させて暴走させるのは単に一番効率的だからだよ。君も味わっただろう? 苦しみが大きく膨れ上がって自分を支配していく心地を」

「……何を言っている」

「この間、マナンをプレゼントしたじゃないか。君に蘭のいる組織を破壊させて、その後悔から君の心も潰す算段だったけど、そう上手くはいかなかったね」

「こいつ……!」

 智春に掛かっていこうとする朔を祐太郎とつるぎが止める。怒ったら相手の思う壺だ。

「何で朔を狙ったんですか」

 つるぎが尋ねる。落ち着いた口調だが、朔を貶めた怒りが篭っている。

「君たちの組織にマナンを何体か飾っているだろう。僕はあの子達と視覚を共有することができるんだ。……びっくりしたよ。誰にも心を許さず孤高の存在だった蘭が、男の子と一緒に暮らしているなんてね。蘭と一緒にいるのは僕のはずなのに。ほんっと気に入らないよ」

 そんな、そんな勝手な理由で朔を狙ったのか……真希は拳を握りしめた。

 その時、一人が智春に向かって飛び出した。

「寧々!」

 祐太郎の制止を振り切り、寧々が走りながら武器を開く。そして智春目がけて短剣を振りかぶった。

「よくもあたしの仲間を!」

 切りかかった短剣は智春に横から腕を当てられて軌道がそれた。

「まだだ!」

 寧々は再び剣を振るが同じように軌道を逸らされる。

「何回やっても同じだよ、お嬢ちゃん。僕は護身術を習っていたから相手の動きを読むのは得意なんだ」

「子供扱いするな!」

 寧々は武器を捨て、智春の首元に飛び掛かった。

「しつこいですね!」

 そう言って智春は向かってくる寧々を蹴り飛ばした。

「朔君のお返しです」

飛ばされた寧々はそのまま地面にうずくまった。

「ぐぅ……っ!」

「寧々ちゃん!」

 真希が駆け寄ると、寧々は舌打ちをした。

「……あいつの秘密が分かった」

「え?」

「秘密は、『蘭を愛していること』だ……」

 さっきからそんな気はしていたけど……

「納得していないみたいだな。でも明らかに分かることが秘密になるはずない。このことはきっとカギになるんだ」

 寧々はそう言って起き上がった。智春がパンと手を叩く。

「話はこのくらいにして、君たちを僕の労働力として使ってあげるよ。蘭の側に君たちは必要ない」

 そう言って智春は胸ポケットから取り出したマナンを握りつぶした。水しぶきが飛び、その一つ一つが膨張してマナンになった。

「お楽しみの始まりだ」

 十数体はいるマナンが一斉に襲い掛かってきた。朔が叫ぶ。

「柚葉! 距離を取って真希の援護を頼む!」

「分かりました!」

 真希は前に出てマナンを切っていく。柚葉は走って距離を取り、真希の手が回らない分を矢で射抜く。朔はつるぎとともに、武器を投げ捨てた寧々の代わりに他の三人を守っている。

 正面にいるマナンに切りかかると左右からマナンが襲ってくる。体のさばきで回避し、すぐに次のマナンに構える。

「キリがないな……」

 真希が呟く。柚葉と共にマナンを仕留めてはいるが、智春があの小さなマナンを握るたびに新しいマナンが発生する。あのマナンをどうにか消滅させない限り、体力の限りがある私達が不利だ。

「やめろ!」

 その時、蘭が叫んだ。見ると蘭は智春に腕を掴まれ、小屋の方に引きずられていた。

 目の前のマナンにばかり気を取られていた……!

「蘭さん!」

 つるぎが蘭を助けようと、智春に斧を振りかぶる。しかし、木の根に足を取られ、斧の軌道は蘭の方へ向かった。

「危ない!」

 真希が叫ぶ。その時、智春が腕で斧を押しのけた。刃に当たったのか、腕から血が流れている。……今、蘭さんをかばった?

「危ないなぁ。蘭に当たったらどうしてくれるんだ」

 そう言って斧を掴み、そのままつるぎを投げ飛ばした。そして、再び蘭の腕を掴んで引っ張っていく。蘭は突然振り返り、朔に向かってウインクをし始めた。

 朔はため息をついた。

「はぁ……ったく。性懲りもなく無茶しようとする人ですね。みんな、聞いてくれ」

 私達はマナンとの攻防を続けながら、朔の声に耳を傾けた。

「みんな気が付いていると思うが、あの男が持っているマナンを消滅させない限り、マナンは発生し続ける。だけど、不本意だがあの男は強い。単に男に攻撃を仕掛けるのは望みが薄いだろう。そこでだ。うちのアホ総監督が自分を囮にしろと言っている。蘭さんに攻撃すればあいつはきっとまた自分が身代わりになる。そこが僕らの勝機だ」

 寧々ちゃんの言っていたことはこういうことだったのかもしれない。今、例のマナンは男の胸ポケットの中にある。

「私とつるぎで行くよ。みんな、持ちこたえて!」

 真希がそう言い、つるぎと目を合わせる。二人は同時に飛び出した。

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