SPってなんだ 4話

 本部に着き、朔を自室のベッドに寝かせた。

「今回の戦闘の報告は私がしておくから、つるぎは先に帰りな」

「いえ……私は朔が目を覚ますまで側にいます」

「そっか……じゃあ、私は行ってくるね」

 朔の手を握るつるぎを残し、真希は部屋をあとにした。

 真希は杏奈のいる研究室に足を運んだ。そして今回の報告をする。

「……報告は以上です」

「なるほど。今回の目標は朔だった可能性があると……それにマナンが言葉を発していたというのも興味深いの。パパ、と言うからには男性によってつくられたという可能性が高いじゃろう。こちらでもそれらの情報をもとに調べを進める」

 杏奈はパソコンに今回の戦闘情報を打ち込む。

「真希、報告は終わった。もう、そんなに気を張らなくてもいいんじゃぞ」

 しっかりしようって頑張っていたの、杏奈さんにはばれていたんだ。

 杏奈が真希の顔を見る。

「ここにはわしとお主しかいない。何を言っても他には漏れんぞ。こう見て、口は堅いんだ」

 そう言って胸を叩く。見た目のことを気にしているのか……ふっと笑った拍子に抑えていた感情があふれ出した。

「朔が今日マナンに襲われたのは……私のせいなんです。朔が囮になる作戦は少しでも私の反応が遅れたら朔を危険に晒してしまうのに、私は目の前に現れたマナンに一瞬気を取られてしまった。どうして朔のことだけに集中できなかったんだろう。そもそも私が一人でもマナンを破壊できる力があればそんなことにはならなかったのに……! 朔に辛い経験をさせてしまった……それにつるぎにも。苦しい……!」

 一度言葉にするとぽろぽろと流れ落ちる涙を止められない。朔の覚悟も守るって決めたのに。

 杏奈さんは私の背中をさすり、涙が止まるまでそばにいてくれた。

「見苦しいところを見せてすいませんでした……それでは、私はこれで」

 真希が研究室を出ようとすると杏奈が声をかけた。

「のう、真希。今晩はわしと一緒に泊まらないか?」

「……え?」

「いつでも研究できるように、この研究室の奥に居住スペースを作ったんじゃ。蘭には内緒でな。本部にはシャワーがあるし、奥のスペースには一通りの生活用品が揃っておる。それほど不便はないと思うぞ。どうじゃ?」

「じゃあ……お言葉に甘えて。」

 正直なところ、一人になりたくなかった。

「よし! そうと決まればついてくるのじゃ!」

 杏奈が迷路のような研究室をどんどん奥へ進んでいく。そして、『細胞培養室』と書かれた扉の前で止まった。

「ここじゃ」

「え……あの、『細胞培養室』って書いてありますけど……」

 杏奈が扉を開ける。中は無機質な実験部屋、ではなく、ピンクを基調とした可愛らしい部屋だった。

「……本当に部屋だ」

「だからそう言っとるじゃろ。まだマナンが何者かも分からんうちにこの施設をつくったから、細胞培養なんかの設備も入れておったが不要になってな。物置になっていたこの部屋をわしがすこしずつ改造したんじゃ」

 テーブルとベッドはもちろん、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器などの家電もそろっている。それに、ベッドの上に並べられたぬいぐるみ達が杏奈さんらしい。

「まずは荷物を置いてシャワーでも行って来たらどうじゃ。ほれ、着替えとタオル」

「あ、ありがとうございます。そうします」

 本部内にあるシャワー室を利用して部屋に戻ると、中は美味しそうな匂いに満ちていた。

「さて、晩御飯じゃ。口に合えばいいが」

 そう言って杏奈が出したのは手羽元と大根の煮物だった。真希が箸を伸ばす。

「美味しい……」

「それはよかった。たくさん食べるといい」

 杏奈さんが炊飯器からご飯をよそってくれる。……なんだかほっとする。

 ご飯を食べながら他愛もない話をした。

「落ち着いたか」

 食べ終わった食器を片付けた後、杏奈が言った。

「辛い時は体を綺麗にして、温かいご飯をお腹いっぱい食べたら心が元気になるって相場が決まっているんじゃ」

 元気づけようとしてくれていたんだ。

「それに今、朔の側にはつるぎがついているんだろう。ここにいれば変化があったら直ぐに知らせが来る。自宅じゃ気になって眠れんじゃろ」

「ありがとうございます、杏奈さん」

「よいよい。ちょうど話し相手が欲しかったところじゃ」

 杏奈は棚をごそごそと漁り、日本酒の一升瓶とジュースのペットボトル、あたりめを出した。

「真希にはジュースじゃ。あたりめ食べるか? うまいぞ」

「じゃあ、いただきます」

 真希が答えると、杏奈は理科室で見るようなガスバーナーを取り出した。そしてあたりめを炙る。

「もともとここは実験室だから、道具は豊富なんじゃ」

 そう言ってニヤッと笑った。

 炙ったあたりめをつまみにジュースを飲む。うん、なかなか美味しい。

「わしは蘭と元から知り合いでの。DAMを設立した時に研究者として呼んでもらったんじゃ。古参のわしに何か聞きたいことはないか?」

 聞きたいこと、か。

「神谷総監督が初めてマナンを発見した時の事件ってどんなだったんですか?」

「うむ。上京していた蘭はその時、新潟に帰省していたんじゃ。あの事件があった場所は蘭お気に入りの読書スポットで、当時も本を読んでいたそうじゃ。そうしたら見たこともないものがいることに気づいた。それがマナンじゃ。マナンは同じくその場所を訪れていた女性に融合した。すると女性が豹変して暴れ始めたため、蘭はその女性に駆け寄って、なだめたそうじゃ。そうするとマナンは女性から離れ、『この物体は危険だ』と感じた蘭が持っていた金属製のしおりでメッタ刺しにして消滅させたらしい。その女性は気を失っていたが、しばらくすると意識を取り戻し、自分の足で帰っていったそうじゃ」

 杏奈はやれやれと言った様子で言った。

「全く、蘭はとんでもない奴じゃ。今、ガーディアンが使っている武器はマナン用に特殊な素材を使っておる。それでもガーディアンの素質があってこそなのに、蘭は素質も十分でない中、そんなしおりごときでマナンを倒してしまった。敵には回したくないのぅ」

 杏奈はニヒヒッと笑った。……何でだろう、神谷総監督がマナンをメッタ刺しにする場面が容易に目に浮かぶ。

「そうだったんですね」

「聞きたいことはそれだけか?」

 杏奈が真希の目をちらと見る。

「じゃあ……朔とつるぎって杏奈さんから見てどんな人ですか?」

「そうじゃのう……二人とも頑張り屋だな。入ったばかりの頃の朔は父親の仇を討とうと必死でな。それはもう痛々しいくらいだった。つるぎはそんな朔を支えようと努力していた。普段は朔の保護者のように振る舞っているが、あれでいて精神的に弱いところがあるんじゃ。真希が来てからは二人とも心が穏やかになったと思う。彼らを見ていたわしも安心したんじゃ」

 杏奈は日本酒をぐいっと飲んだ。

「お主らは三人で一つのチームとして成り立っているんじゃ。お互いを支えあっている。今はそのバランスが崩れて苦しい時かもしれない。真希にはちょっと辛抱して二人を支えてやってほしい。わしからの頼みじゃ。でも、真希が苦しくなったらいつでもわしのところへ来い。わしが真希を支えてやる」

 杏奈は立ち上がった。

「さて、そろそろ寝るかの。寝具は一つしかないんじゃ。狭いがそこは勘弁してくれ」

 歯磨きをしてベッドに入る。杏奈さんの小さいからだをすぐ近くに感じた。

「おやすみ、真希」

「おやすみなさい、杏奈さん」

 二人は目を閉じた。


 炊き立てのお米の匂いで目が覚めた。意外なほどによく眠れた。これも杏奈さんのおかげか。

「おっ! 起きたか。ごはんできたぞ」

 先に起きていた杏奈が朝食の準備をしてくれていた。

「朝ごはん食べたら、朔のところに行ってくるといい。つるぎも疲れているだろうから替わってやってくれんか」

「はい! 分かりました!」

 朝食を食べ終え、身支度を整えた。

「杏奈さん、一晩ありがとうございました。元気が出ました。それじゃあ、朔のところに行ってきます!」

「うむ。つるぎにここに来るように伝えてくれ」

「分かりました!」

 真希は軽い足取りで朔の元へ向かった。


 なんだかずっと悪い世界を見ているようだ。強くてかっこいいお父さんとの思い出とか、つるぎや真希と過ごした日々が黒い波に飲み込まれていく。苦しくて気持ち悪い。早くこんな場所からいなくなりたいのに体が重くて動けない。

『朔……』

 遠くで名前を呼ばれた気がする。僕もそっちに行きたい。こんな暗くて怖いところから早く抜け出したいんだ。

 目を開けると近くに真希の姿があった。

「朔! よかった目が覚めて! 今、みんなに伝えてくるね」

 そう言って真希は部屋から出て行ってしまう。

 待って。行かないで。

 そう言いたいのに目覚めたばかりで声が出せない。

 あんなにひどいことをしておいてそんなこと言う資格もないか。

 しばらくすると真希がつるぎを連れて戻ってきた。

「神谷総監督と杏奈さんにも伝えたんだけど、今は手が離せないから後で来るって」

「そうか」

 つるぎが僕の手をぎゅっと握った。今にも泣きだしそうな顔をしている。

「朔……本当に良かったです。でも、私は朔との約束を果たすことが出来ませんでした。ごめんなさい……」

 つるぎの声が震える。僕はこんなにもつるぎを追い詰めていたのか。

「悪いのは僕の方だ。頼まれても、人を傷つけるなんて普通できない。辛い思いをさせて悪かった」

「いいえ……! もっと強くなって今度は朔を守ります」

 つるぎは強いまなざしで僕を見つめた。そして、そっと手を離す。

「真希、お前にも辛い思いをさせた。作戦を提案した僕の責任だ。だから自分を責めないでくれ」

「……うん、分かった。でも、それなら朔も自分のことを責めないでほしい。辛い思いも後悔も三人で分けあって、支えあっていきたいから」

 真希は僕とつるぎの手を握った。

「……なんか真希、強くなったな」

 真希は僕を見て微笑んだ。

「妖精のおかげかな」

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