SPってなんだ 3話
「やつだ!」
朔が叫ぶ。
「真希はやつを、つるぎは紅麗を守れ!」
朔の指示の通り、私はマナンの方に、つるぎは紅麗ちゃんの方に向かった。
つるぎは紅麗にマナンとの戦闘を見せないよう、遊具の陰に誘導した。後ろ手には斧を備えている。
「やつって?」
紅麗が尋ねる。
「んー、おばけかな?」
つるぎが答えた。
「お、おばけなんているわけないもん!」
紅麗はそっぽを向いた。
マナンと対峙する私は剣を構える。
「はぁぁー!」
マナンに切りかかると直前でかわされた。何度も試みるが毎回かわされてしまう。
マナンの動き方を見ていると一つ思うことがあった。
「なんかこのマナン、朔を狙ってない!?」
朔は私から五メートルほど離れたところでマナンとの戦闘を分析している。マナンは私の攻撃を避けつつもじりじりと朔に近づいているみたいだ。今はそれほど近づかないように牽制しているが、朔を守りつつ攻撃するのは難しい。つるぎも一緒に戦ってくれれば勝機はあるが、紅麗ちゃんを守る役目から外すことはできない。私一人では一撃で倒せなかったら朔が危険になると思うと渾身の技も出せない。
「僕が囮になってマナンを引き付けるからその隙を突け!」
朔が叫んだ。
「そんな!」
「今はそれが最善だろ!」
そう言って朔は私から大きく距離を取った。……やるしかないか。
マナンは朔の方に向かっていく。私は剣を構えてその後を追った。
「やぁぁー!」
そして剣を振りかぶった時、目の前に別のマナンが現れた。
「わ!」
反射的に目の前のマナンを切りつけた。一度剣を振り下ろしたことで朔の方に向かうマナンへの攻撃が遅れた。
「うわっ!」
朔の声がする。
「朔!」
急いで駆け寄ると、朔の背中にマナンが融合していた。
「朔っ……朔!」
私のせいだ……私のせいで朔が……
「どうしましたか!?」
真希の声を聞きつけて、つるぎと紅麗が駆けつけた。
つるぎも朔の異変に気付いた。
「朔……!」
朔は苦しそうに言葉をしぼりだす。
「このままじゃ……暴走してしまう……早く、僕ごとマナンを切れ……僕が自制できているうちに……早く!」
必死な様子を見て鼓動が速くなる。そんな……朔を傷つけるなんて私にはできない。それが朔の願いだとしても。
つるぎを見ると斧を持つ手が震えていた。
「たのむ……」
そう言った途端、苦しそうだった朔の表情が怒りの表情に変わった。
「許さない……僕のお父さんの計画を潰したDAMを……僕がお父さんの仇をうってやる!」
DAMの仲間を大切にしている朔がこんなこと言うはずない。マナンに心が侵され始めているんだ。
朔はどこかへ向かって歩いていこうとする。……行き先はきっとDAM本部だ。
「朔!」
真希は朔を抱きしめた。
「だめだよ、朔! 戻ってきて!」
「邪魔をするな!」
朔は強引に真希の腕を振りほどいた。真希はそのまま地面に投げ出される。
つるぎは体を震わせ、その場に立ち尽くしていた。
このままでは、朔が離れて行ってしまう。真希は立ち上がり、再び朔に抱きついた。
「朔!」
「邪魔だ! 放せ!」
暴れる朔を真希は必死で抑える。
「お願い、朔! 聞いて!」
「うるさい、黙れ!」
朔が真希の拘束をこじ開ける。押さえきれない……!
その時、紅麗が朔の体に抱きついた。
「事情はっ……よく分かんないけど……要するに、こいつの体を、押さえればいいんでしょ……こう見えて私、体力には自信あるのよ……!」
「紅麗ちゃん……!」
紅麗はつるぎの方を振り返った。
「ほら! そこに突っ立ってないでっ……あんたも手伝いなさいよ……大事な仲間なんでしょ!」
「はい……!」
紅麗に声を掛けられて、つるぎはやっと動き出した。そして朔に抱きつく。
「放せっ! 放せよ!」
三人の力で朔の体はがっちりと押さえ込まれた。今なら朔についたマナンを引きはがせるかもしれない。
「僕は……僕はっ……お父さんの仇を……!」
「ねえ、朔。朔のお父さんってどんな人だったのかな。私は会ったことがないけど、朔やつるぎの話を聞いて、正義感の強くてカッコいい人だって思ったの。だから、自分を操られて事件を起こしたこと、すごく辛かったと思う」
「うるさい!」
「朔もそうでしょ!? 今、お父さんのことを利用して仲間と敵対させようとしている。辛いよね。朔のお父さんのことも、朔自身のことも、私と、つるぎと、他のみんなと必ず救って見せるから!」
「うるさい、うるさい……」
「一緒に戦おう! だから戻ってきて、朔!」
朔はくしゃっと笑った。
「ああ……! 必ず!」
その時、朔の体からマナンが離れた。朔にこんなひどい仕打ちをして……絶対に許さない。
真希は剣を振りかぶった。
「うぁぁぁー!」
剣はマナンを切り裂き、地面に突き刺さった。
「……。目標、失敗……ごめん……パパ……」
マナンは消滅した。前は気のせいかと思ったけど、やっぱり何か言っている。ついに言葉も手に入れたのか。
マナンが離れた朔は気を失って倒れた。
「朔!」
つるぎが朔の体を受け止める。
……つるぎの顔は血の気が引いたままだ。私がしっかりしないと。
「本部に連絡してすぐに迎えを呼ぼう」
真希は本部に電話をかけた。
出動の準備をしていたところだったため、迎えはすぐに来た。
「つるぎは朔をお願い。紅麗ちゃんも、さあ車に乗って」
つるぎはシートの三列目に朔を寝かせた。真希と紅麗も乗り込む。
「私も乗ってよかったの?」
「もちろん。危ない目に合わせちゃったから、せめて家まで送るね。運転手さん、お願いします」
紅麗が運転手に住所を伝え、車は発進した。
重々しい空気の中、車内には沈黙が流れていた。
しばらくしてつるぎが口を開く。
「紅麗。あなたが声をかけてくれなかったら、私は朔のために何もしてあげられませんでした。本当に、ありがとうございました」
つるぎはぎこちなく笑った。
「別にいいのよ。身近な人に何かあったら、誰だって冷静ではいられないわ。あまり自分を責めないことね」
紅麗は窓の景色を見て、運転手に声をかけた。
「ここでいいわ。私は降りる」
「家まで送らなくて大丈夫ですか?」
つるぎが尋ねる。
「もしかしたら家の前にマスコミが押し寄せているかもしれないし。それにその人、早く運んであげたほうがいいんじゃない」
そう言って紅麗は後ろのいる朔を見た。そして車の扉を開ける。
「来年の春、舞台に出るの。よかったら三人で観に来て。どれだけすごい女優と一緒にいたのか思い知らせてやるわ」
紅麗は出て行った。その後ろ姿からは大女優の気品が感じられた。
車はDAM本部に向けて走り出した。
「真希……私は朔の状況を見て、動くことが出来ませんでした。朔に頼まれていたのに、いざ現実となったら、怖くて……こんな弱くて情けない自分が嫌になります。……朔も私のことを許さないでしょう……」
つるぎのすすり泣く声が車内を満たす。
真希はつるぎの肩を抱いた。
「大丈夫だよ。きっと朔も分かってくれる。朔のためにも、そんな悲しい顔してちゃだめだよ」
つるぎは小さく頷いた。
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