ドキドキ?夏合宿 2話
「朔! どうしたの!?」
「……真希、着替え持ってるか」
扉の向こう側から声が聞こえる。
「いや、泊まる用意なんて何もしてきてないけど。神谷総監督が用意してくれてるんじゃないの?」
食料やタオル、寝室には新品の加圧ソックスなんてものまで用意してあった。これだけ準備されているのだから、脱衣所には着替えが置いてあるだろう。
「そこが問題だったか……あの変態総監督め」
朔が呟く。
「もういい、僕はもう一回同じ服を着る!」
「だめだよ! この後洗濯して明日着て帰るんだから」
「嵌められたっ……!」
その後、脱衣所からごそごそという音が聞こえた。
「……いいか、絶対に笑うなよ」
「うん?」
出てきた朔はくま型のルームウェアを着ていた。
「うはっ! か、可愛いすぎる……! くくっ……!」
「わ、笑うなって言っただろー!」
顔を真っ赤にした朔が腕を振り回して怒る。その恰好で怒っても可愛いだけなんだよな。
なかなか戻らないのでつるぎが様子を見に来た。
「大丈夫でしたか? ……まあ、朔! よく似合っていますね。ふふ」
「つるぎまで笑うなんて、ひどい!」
つるぎも朔の様子をみて楽しそうだ。
「じゃあ、私達もお風呂に入ってこようかな。朔はテーブル拭いたりして待ってて」
「……分かった」
朔は口を尖らせてダイニングのほうに向かっていった。
「うわー、気持ちいいー」
体を洗い、湯船に浸かると思わず声がでた。
「ふふ、そうですね」
隣のつるぎがこちらを見て笑う。
湯船は二人で入るには十分すぎるほどの広さがあった。温度もちょうどいい。
「ねえ、つるぎはどうしてDAMに入ったの?」
世界を脅かす敵と戦う秘密の組織。普通の人であればその存在も知らないはずだ。
「まだちゃんと話していませんでしたね。……真希は信頼できる仲間ですから知っておいてもらいたいです。」
仲間か。つるぎの口からそんな風に言ってもらえたことが嬉しい。……朔にも素直になればいいのに。
「私の父は警視庁の刑事をしていて、とてもかっこいい人でした。私の名前も強くたくましい子に育つようにと父が付けてくれました。朔の父親は私の父の上司にあたる人でした」
「それって、警視庁の刑事だったっていうこと?」
「そうです」
警視庁の刑事が爆破未遂事件を起こしたのか……
「私の父と朔の父親は仲が良く、家族ぐるみの付き合いがありました。そこで私と朔は出会いました」
そうだったんだ。
「朔の父親は時効が迫る事件について個人的に調べていました。日々の職務に加えて個人的な捜査を行っていたために過労がたたり、ある日職務中に倒れてしまいました。それによって個人的に捜査を行っていたことが警視庁の上層部に露呈しました。朔の父親は被害者の無念を晴らしたいという一心で行っていたのですが、そんなことが認められるはずもなく、最終的には自主退職に追い込まれました。朔の父親は誇りを持っていた警察官という仕事を失い、魂が抜けたようだったと私の父が言っていました。……そんなときです、マナンが朔の父親の前に現れたのは」
つるぎは俯きながらも話を続ける。
「マナンは朔の父親に融合し、心を操作しました。人一倍正義感の強い人だったので、マナンの作用が強く働いたみたいで、『被害者のことを見捨てていく組織なんて意味がない。警察は私が破壊する』という気持ちになってしまったそうです。朔の父親は私の父のもとを訪れ、爆破に協力するよう説得しました。……私の父は朔の父親をとても尊敬していたのでその話を聞き入れ、犯行に加担してしまいました。本当に大馬鹿です。でもそんな父を止められなかった私はもっと馬鹿です」
苦しそうにつるぎが言葉をしぼりだす。
「犯行は朔の父親に融合するマナンを発見したDAMが直前で阻止し、未遂で終わりました。しかし、計画的な犯行だったとして私の父と朔の父親は罪に問われました。何も分からなかった私は父がなぜそんな事件を起こしたのかが知りたくて、事件の捜査で私の家に出入りする人物を片っ端から後を付けました。その中でDAMにたどり着きました。……おそらく朔も似たようなきっかけだと思います。マナンのことは多くの人が知りません。ですから、マナンの危険性を証明することができれば、二人を無罪にできるかもしれません。私の父と朔の父親の人生を狂わせたマナンをこの世から消滅させること、そしてマナンの危険性を証明して無罪を得るために私はDAMにいます」
やるせなさで胸がぎゅうっと締め付けられる思いがした。つるぎに何か言わなきゃと、思いつくままに話す。
「きっと朔のお父さんはそんなことをするような人じゃなかった、と思う。会ったことはないけど。つるぎのお父さんだって、尊敬していたからこそ説得に共感しすぎてしまった。本当に悪い人なんていないのに……悪いのは歯車を狂わせたマナンだ。つるぎも自分を責めないで……!」
苦しくて涙がこぼれる。つるぎも朔も辛い過去を背負って生きてきたんだ。部外者の私が泣いていいはずないのに。
「泣かないで、真希。私は大丈夫です。朔と真希がいてくれるから」
そう言ってつるぎは真希の頭を撫でた。
「長くなってしまいましたね。そろそろ出ましょうか。……朔がお腹を空かせて待っていますよ」
私たちはお風呂場をあとにした。
脱衣所にはタンクトップ、ショートパンツ、パーカーの可愛らしいパジャマセット二組が用意してあった。
「色違いなんて、ふふ。何だか姉妹みたいですね」
つるぎがお揃いのパジャマを見て微笑んだ。
「そうだね、嬉しい」
つるぎにつられて真希の顔もほころんだ。
ダイニングに戻るとテーブルに料理を並べていた朔が私達に気づいた。
「おかえり。二人ともご飯の準備ありがとう。……ていうかつるぎ、お前料理なんてできたのか?」
朔が訝しげにつるぎをみる。
「真希が教えてくれたから……一緒に作ったんです」
「そうか、よかったな」
朔がつるぎに優しく微笑む。なんだかいい感じじゃないか。
「ほら、食べよう!」
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせ、夕ご飯を食べる。こんなふうに仲間と過ごすのは高校一年生の時の剣道部の夏合宿以来だ。
「うん、美味い。これからはつるぎにもご飯を任せられるな」
「そんな……でも、また料理してみようかな」
いや、まだつるぎに一人で料理させるのは怖すぎて許可できないんだけど。それよりも、
「二人って一緒に住んでるの?」
「いや、一緒には住んでいない。色々あって僕は両親と一緒に暮らすことが出来なくて、今は神谷総監督と一緒にDAM本部に住んでいる。つるぎは週に二、三日くらい泊まりに来るんだ」
「そうなんだ」
だから朔と総監督は距離が近いんだな。納得。
でも、両親と暮らすことができないって、お母さんはどうしたんだろう……?
「最近は放課後や休日に真希が来てくれるから、にぎやかで楽しいです。DAMは大人ばっかりで未成年は私と朔くらいでしたから」
ここしばらくは剣の練習やマナン戦闘待機でDAMに通っていた。確かにDAMで同世代の子はほとんど見かけなかった。
「あれ? 研究部の杏奈さんは?」
「あの人は二十七歳だ」
「えーー!?」
いや、もうそれ童顔っていうレベルじゃなくない!? 羊の着ぐるみが似合う二十七歳。妖精さんか!
会話は弾み、楽しい夕食のひと時を過ごした。明日のトレーニング開始は九時からとなり、今日は解散になった。
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