ぬいぐるみ職人の朝は早い

真名千

ぬいぐるみ職人の朝は早い

 職人のぬいぐるみは軽トラで経営する工場こうばに乗り付けると工場のブレーカーを入れる。ボール盤や天井クレーンのランプが光って準備完了を告げる。一服しながら換気をし、入出荷と作業の段取りを確認しているうちに人間のバイトが出勤してくる。


 工場はぬいぐるみにとって危険がいっぱいだ。

 ボール盤に繊維が巻き込まれ死にそうになったことは一度や二度ではない。ある時など腕をすっぱり切断して巻き込まれだけは回避し、腕を全周縫う大怪我をしたくらいである。いつドリルに引き裂かれ腹綿をぶちまける日が来るかも分からない。


 溶接も難関である。アーク溶接、半自動溶接ともに火花が散るため、ぬいぐるみに引火する危険がある。TIG溶接を導入してからはスパッタが少なくて助かっているが、溶接時のあまりに強烈な紫外線によって灰色をした腕の毛がすぐに色あせてしまうことは変わらない。

 溶接面を被ったぬいぐるみの姿は異様であった。ホラーゲームに出てきそうだとバイトに言われた。


 今日の仕事は工場用の鉄製階段の製作だ。まず厚さ3.2mmの縞板をシャーで一定の幅に切り落としていく。

 ぬいぐるみにはパンチングメタルの穴に毛が挟まったまま突き出してしまい、まんまるふにふにの腕まで切断しかけた経験もある。慎重に手順を確認して操作していく。


 切断した縞板を折り曲げて、角パイプの側面に溶接していく。バイトくんに押さえてもらってまずは点付けである。石筆のケガキ線に合わせて位置を決める。

「光を見るなよ」

「ウッス!」

 溶接メガネをしていないバイトくんに注意をして本溶接に入った。片側の溶接が済むと、天井クレーンで階段を裏返して反対側も溶接である。

「ちょっ…あっ…ちょっ…あっ」

 手が大きすぎて上昇と下降のボタンを同時に押してしまう!

「……ったく。ぬいぐるみ仕様にしておけば良かったぜ」


 溶接が済んだ階段は表面をシンナーで拭いてから錆止めを塗る。いつもはバイトくんに任せている作業だが、今日は別の(ぬいぐるみには危険な)作業があったため、ぬいぐるみが丁寧に行った。

「クックックッ、ボクの毛まで油汚れが落ちて綺麗だ」

 錆止めを塗ったら乾くまで次のペンキを重ね塗りすることはできない。ちょうどいい時分だったので、ここで昼休みとする。


「ふぅ……」

 現場を離れたぬいぐるみはタバコをつまみ、ライターを取り出した。


 シュボッ


 シンナーが染み込んだ腕に引火した!

「ギャアアアアッ!!腕がー!腕がー!!」

「ぬ、ぬい社長ォオオオ!」

 人間ならとっくに乾いていたのだろうけど、綿の奥まで染み込んだシンナーはしぶとかった。叩いても転がっても布で覆っても、なかなか火が消えてくれない。バイトくんが持ち出した消化器によって、やっと鎮火に成功する。

 こうして、ヘルメットを被った猫のぬいぐるみ職人の腕は真っ白に染まって、まるでヤギの子供をチョークで騙そうとするオオカミの腕になってしまいましたとさ。

 安全第一、安全第一。

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ぬいぐるみ職人の朝は早い 真名千 @sanasen

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