第十二章 獣人の平原 Anthro's Meadow

第12-1話「近づく死神」






 ララと結ばれてから、どれほど時間が経っただろう。

 地下の一室にいるので、時間の感覚がない。


「今は、何時だ……」

「……早苗さま。たぶんもうすぐ夜。みんな起きはじめル」

「そうか。獣人は夜行性だもんね」


 ララを抱きしめて、耳元でささやいた。


「そろそろ、起きようか」


 服を着て、少女に手を貸した。


 木製のドアを開け、地上に出る。

 すぐに数メートル先で、ラルクが土製の椀を持っているのが見えた。


「救世主様!」


 周囲の獣人たちが集まり、一斉に膝をつく。


「お目覚めになったのですね」

「……ラルク」

「姉をお救い頂き、ありがとうございます。今や誰もが認めている。あなたは本物の救世主――我々の王であると」

「………」


 ため息をつくと、早苗はララの背中を優しく押した。


「……なら今後は、を守ってくれ。頼んだよ」


 オオオと獣人たちが、喝采を送った。


(……いいんだ。後腐れなくしよう)


 こいつらは、ララを生贄に捧げようとした。

 でも同時に、ララが命を懸けてつくった、最初の仲間たちでもある。


「「救世主様!!」」

 獣人たちが喜びと興奮に満ち、早苗をたたえ始める中――

 早苗は亜人の国の名前を口にした。



「デミニアン共和国、ですね。閣下……!」


 何故か早苗を閣下と呼び始めたラルクが、拳を震わせている。

 他の獣人たちは、引き続き早苗を「救世主様」と呼んでいた。


「これから亜人の国を作り、武器を作る」


 ララや獣人たちを、守るために必要なのは……


「……銃だ」


 スチール、ニトロセルロース、紙、引き金メカニズム。


 頭の中で、エアルドネル初の銃の設計図を、描き終えた。

 古典時代レベルの獣人たちを、一気に近世レベルにまで持っていく――



 ◇


 その頃。王国のはるか西――

 公国ネルソンの、ゴミと糞尿だらけの裏道を、カーミットは歩いていた。


(マタです。倒れてる人……!)


 数メートル先に、咳き込んだ瘦せこけた男が。

 霧は深い。カーミットはゾッとして、歩いていた道を引き返した。


(……今日だけで7人です)


 何かの疫病が流行っている?

 そうとしか思えない。市場でも教会でも、呻き声と悲鳴が響き渡っている。 


(……コンナ未開の世界で感染したら、治療法もなくゲームオーバーです)


 公国に着いてからずっと住んでいる、中流層向けの宿屋に戻る――

 すぐに宿主のレディーが、顔を出した。


『あら、レニー。ご無事でした?』


 カーミットの偽名だった。


『ハイ、なんとか』

『最近、魔女が現れたって噂よ。お気をつけて』

『……魔女ですか?』

『霧を起こして、呪いを広げているって噂なの』


 そう説明され、馬鹿げていると心中思いながら、


『怖いですね。気をつけます』


 と言い、2階の自室に戻る。

 すぐに買ってきた薪を焚く。手を洗い、体を綺麗に布で拭いた。





『……絶対に、こんなところで終われません』


 一般人の彼女には、疫病なんて治せない。

 でも衛生ぐらいはわかる。


(……は、かならず来ます)

 彼女の能力を、この世界で遺憾なく発揮できる時が。


(……今はただ、生き残るんです)


 この腐った世界を、ワタシが変えてやるんですから。

 ランプだけが部屋を照らす。

 カーミットの目に、燃え盛る炎が映っていた。



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