第10-3話「1=40億」

 □登場人物

 https://kakuyomu.jp/users/NainaRUresich/news/16817330654753611017


 □本編


 獣人たちに囲まれ、花をささげられた大きな泉。

 そこで、右手首を切られたララが浮かんでいた。

 彼女を中心に、赤い液体が水面に広がって……


「ああああ、ララ……! ララぁっ!」


 急いで獣人たちをどけて、彼女を抱きかかえる。

 死んでいる……

 いや、頚動脈(くび)を触ると、微弱だがまだ脈がある。

 呼吸も弱いがある。


「おい、ララ様の血が止まった……」

「本当に救世主様じゃ……ララ様の言霊は正しかった……」


 止血法を続ける早苗が、たまらず叫ぶ。


「ふざけるなよ、お前ら……ッ!!! ララに……ララになにをしたッ!!」

「誉の泉です、救世主様」


 必死に手当をする早苗の元に、ラルクが近寄る。


「私たちの儀式です。この泉で命を絶った者の言葉は、真実であると証明されます」

「――この無学のクソどもがッ!! 殺してやるッ!!」


 激怒して目を見開く早苗から、涙が溢れていた。


「お前らの迷信でララが死んだら、地獄まで追いかけて、必ず全員殺す!!」


 ビクッ、と獣人たちが動揺する。ラルクだけ何とか声を出した。


「しかし、これで証明されました。救世主様、ご命令があれば何なりと」

「ふざけるなよ、くそ!! 家族だろ、お前は! なんでそんなに……」


 涙は止まらない。

 一番大事な人が、馬鹿げた未開の地の迷信で……


「なんでも命令を聞くのなら、今すぐ部屋からカバンを! はやく!!」

「……! わかりました」

「あとすぐにお湯を沸かせ!」


 若い男が集落に駆け出した。

 さらに何人かが薪を集め、近くで火を焚き始める。

 ララの様子を見るが――


「……血を失い過ぎてる。今すぐ止血しても、助からない」


 それに脈拍や呼吸の減少。

 出血箇所を押さえる早苗の手が、小刻みに震えだす。


「た、助からない。無理だ……! ララが、死ぬ……?」


 手首からの失血と低体温症。その両方、単体でも致命疾病だ。

 仮に、奇跡が起きて両方の急場を凌げたとしても……

 創部や溺水からの肺炎、敗血症等のリスクが待っている。


「だ、ダメだ……この世界じゃ、助からない……」


 僕の世界なら、助けられるのに。


 息が荒くなる。苦しい。

 ララが死ぬ? 嘘だ、そんなことがあっていいわけがない。

 次第に、視界がぼやけだす。


「救世主様、カバンです」

「あ、ああ……」

 すぐに取ると、中から銀の針を全て取り出して、沸騰するお湯の中に入れる。

 まずは、出血箇所に布を巻いて圧迫止血した。

 そして生理食塩水を、ララに大量に点滴する。


「なんだこれは…!」

「体の中に直接入れている?」


 獣人たちを無視する。

 次第に、脈がある程度触れるようになってきた。


「よし。手術にうつる」

 石鹸で丁寧に手を洗い、針を取っては、自分の手と一緒にアルコール消毒する。

 同じく綺麗に消毒したララの手首を縫いはじめる。


「……よし、大丈夫だ」

 傷口は綺麗にふさがれる。縫合は完了した。

 さらにペニシリンも注射するが……



 https://kakuyomu.jp/users/NainaRUresich/news/16817330654748526126



「だめだ、こんなのじゃ助からない……」


 失血量が多すぎる。

 吐きそうになる。今すぐ泣いて叫びたい。

 死ぬ。ララは絶対に死ぬ。100%、間違いなく死ぬ。


「くっそおおお!!」


 地面を手で何度も叩きつけると、血が飛び散った。

 ララの止血は完了している。それでも、顔色はどんどん悪くなる。

 あと20分はやく目覚めていれば……

 あの時、きちんと話していれば、彼女は死ななかったのに。

 彼女を殺したのは、僕なのか……?


「クソ、クソ……落ち着け!」


 今必要なのは冷静さだ。いや、無理だ。


「……は、っ、はぁ、はぁ、あああ」

 息苦しい。どうか、夢だと言ってほしい。


「あああ……ダメだ、無理だ! 僕じゃ無理だ!! だ、誰か助けてくれっ!」

「救世主様……」

「僕は救世主なんかじゃない! 魔術でもなんでもいい! ララを救ってくれ。誰か、助けてくれ……神様……」


 助ける方法が思い浮かばない。

 たったひとり、好きな女すら助けられない。


「……もし、神がいるなら、どうか!」


 と、自分の手から流れる血を見て、気づいた。

 そうだ、他人に頼るな。神頼みするな。


 信じられるのは自分だけ。

 まだ、ララを助ける方法は残っている。

 その方法は……


「……そうか。僕が死ねばいいんだ」

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