第九章 貿易街イスロールⅡ Isrore

第9-1話「敬。ちゃんと舐めて」

 □登場人物

 https://kakuyomu.jp/users/NainaRUresich/news/16817330654753611017


 □本編


「早苗さま、おはよウ!」

「おはよう、ララ」


 ベッドから起き上がった早苗は、体を伸ばす。

 体調はだいぶ良くなった。


「腹痛もない。よかった……」

「あ、この街では、川の下流でトイレしないと、処刑されるかラ……」


 早苗はふと気づく。


「この街に住んでた?」

「うん。奴隷の前は1年、この街にいタ」


 そっか、と言い、宿の外に出る。

 改めて見ると、建築技術は明らかに王国より高い。


「早苗さま! ごはん食べヨ!」


 ララが少し離れた位置から、酒場を指さしていた。



 中に入る。早苗はワインを二つ注文した。本当は水を飲みたいが、不安だ。

 ミートパイを注文し終わると、少女を見る。


「懐かしい?」

「うん!1年間、獣人ってことを隠しながら、近くの宿で仕事した。掃除してパン焼いて、お金貰ったら、本借りてタ」

「……じゃあ、紙の大量生産と印刷をはやめるか」


 なんてブツブツ言っていると、

 ララは笑顔で首を横に振った。


「でも、本もより好きなものあるかラ……」

「なに?」

「そ、その……好きな人と、一緒に時間を過ごせば、何でモ……」


 早苗はワインを飲んだ。

 右手で頭を押さえ、考え込む。


「早苗さまは、前の世界で、心菜さんとどんな感じだったノ……?」

「……え?」

「恋人だったんでショ?」


 少し無言となったあと、答える。


「同じ場所で仕事してたよ」

「あ、同じ研究なノ?」

「ううん。僕は医学だから」

「そ、そっか。あの、デートとカ?」

「……たまにしたよ」


 ララが興味津々に続ける。


「心菜さんの前に好きな人はいタ?」

「……いないかな」

「早苗さまのことを、好きな人ハ?」

「いた」

「どれぐらイ?」

「わからない。多かった」


 この辺りの話は、嫌な記憶がある。

 ので、あしらってしまう。


「…………」



 https://kakuyomu.jp/users/NainaRUresich/news/16817330654748335935



 急にうなじが痛くなるので押さえた。

 シーンとなってしまったので、早苗は続ける。


「あんまり興味がなかったんだ。たぶん、ララと同じだよ」

「……エ」

「どんなに親が男を紹介しても、振り続けたでしょ」


 そう言って早苗は、持っていたジョッキのワインを飲み干し、食事にありついた。


「まぁ、この世界では、知らない異性にあまり話しかけられない。良かったよ。ジロジロ見られるけど」

「……あ、それは、未婚の女性にとって、自分から男に話しかけるのは「はしたないこと」だかラ」


 あとたぶん、ジロジロ見られるのは、彼がカッコよくて、綺麗で、天使みたいだから。

 エアルドネルの男は汚くて、彼とは大違い。

 ララは思うが、言わなかった。



「ララ、たくさん店がある」


 食べ終わった後、露店を見て回っていた。

 途中で処刑されている罪人らはいたが、道端の糞尿は王国より少ない。


「船の出発までまだ時間がある」

 街には川の小道が多くめぐっている。と――


「あの宝石細工屋」

「……注射器の針を作ってもらったとコ?」


 うん、と頷きながら入る。


「船に乗る前に、他に使えるものはないか……」


 と、ネックレスのチェーンを包む、銀のチューブを見た。

 そこで、L字のチューブを、いくつもオーダーメイドする。

 順番に加工された完成品を、いくつも渡された。


「うん、十分細いな」

「……早苗さま、そろそろ船に乗らないト」

「そうだね」


 この世界には時計がないため、だいたい夕方の鐘の後、という言い方しかされない。

 と、背丈の低い青年が、こちらに向かって走ってきた。


『ああ、本当にいた! サナエさんでしょうか?』


 久しぶりに聞く王国語。

 その青年は答えを待たず、ジロジロ見てくる。



 https://kakuyomu.jp/users/NainaRUresich/news/16817330654748362927



『黒髪の男性と、フードを被った女性。間違いないですね』

『そうだけど、君は?』

『私は使者です』


 使者はたしか、郵便がないこの世界の、メッセージの配達人。

 

『カーミットさんから手紙です』

『……カーミットが?』


 嫌な予感がした。受け取った紙切れ一枚を開く。

 そこには日本語でこう書かれていた。


 心菜さんの救出に失敗しました。

 あの後、調べましたが、まだ生きていて、王国に捕まったみたいです。

 私も捕まると思います。

 助けに来てください。

 たぶん冬の前にワタシも心菜さんも殺されます。

             カーミット・ジーメン


「…………」 

 早苗は読み終わった後、静かに手紙を握った。


「冬の前って……あと一か月ぐらいだぞ……」


 使者が何かを言って立ち去っていくが、その言葉すらうまく聞こえない。


「早苗さま、どうするノ……」

「……僕は」


 見るとララは、早苗に病気が見つかった時と同じ顔をしている。

 愛情を込めた、心配している顔。


「大丈夫。今、王国には戻らない。今行っても誰も助けられない」

「……早苗さま」

「計画通り、国を作る」


 そして、目の前の少女に続けた。


「そして、軍事革命を起こす。今から1か月以内に、王国に侵攻する。それでもいいかな」

「……うん、早苗さま!」


 そして進んでいった。

 短期間でつくってみせる――

 王国も、帝国をも超える国力を持つ、近代文明の国家を。


 □心菜

 https://kakuyomu.jp/users/NainaRUresich/news/16817330654786790019

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