CHAPTER.40 辛いことこそが貴方を強くする

誉、惣一、プロ子の三人とエレーヌ以外の魔女の五人はパリ行きの飛行機に乗っていた。

魔女教会に正式に属さず、ほぼ独学で魔法を身に着けたエレーヌは言わば無免許ドライバーのようなもので、連れていくことは出来ないらしい。


「それにしても、ファーストクラスとはやるな」


誉は座り心地抜群のソファに沈みながら、後ろの席で同じようにくつろいでいるであろうエメに言った。


「ま、ボク達じゃなくて本部が出してるんだけどね~。ファーストクラスの席ぜんぶ貸し切りにするとはボクも思ってなかったケド」

「どうせ汚ねぇ金だろ」


後方から水を差すようにファイエットがボソッと呟いたのに、誉の隣の席のプロ子は口をとがらせる。


「もぉ~、そんなの私たちは知らなかったのに。楽しみ半減しちゃうでしょ」

「そうよ、本部の金なんだから私たちが気にすることないわよ!」


マノンもプロ子に同調するように、ソファに寝ころびながらそう言った。その言葉を聞いて、惣一が遠慮がちに口を開く。


「あの、さ。なんで君たちSESの魔女は、魔女教会本部?と確執あるみたいな感じなん?」


一瞬、惣一の言葉に魔女の全員が黙り込み、重たい沈黙が流れた。


「少し、長くなるよ」


ニネットはそう言って深くため息をついた。


「私たち魔女は全員、魔女養成所ってとこで魔法を学んでいた。ま、私とエメ、マノンはそこに通う前から魔法学校ってとこでも師事を受けてたけどね。で、その魔女養成所ってとこで魔法を習得すると自動的に魔女教会本部にエスカレーター式に登録される」

「ちょっっと待って。その魔女教会ってのはなにをする機関なん?」


惣一の質問に、ニネットは苦い顔をした。


「まぁ表向きは魔法の探求。魔法を極めて社会に貢献できるようにするってのが、表向きのスローガンみたいなものさ。でも、西欧社会では魔女は忌み嫌われているものだし、そもそも魔女教会もハナから人間と共存する気はない。組織自体、おおやけなものでもないし」

「表向きってことは?」

「実際、奴らが何をやってるかまでは知らないさ。ただ、ロクでもないことをやってるのは確実」


誉はそう言った時の魔女たちの何かを思い出すような表情からニネット達が実際に、そのロクでもないことを目撃したんだろうなと推測した。


「ま、そんな魔女教会本部に所属して数日経ったころに大勢の暴徒が流れ込んできた。魔女狩りってやつさ。あ、絵エレーヌから聞いてると思うけど、私たちはみんな見た目通りの年齢では無いよ。この話も四百年ぐらい前の話さ。それで私たちも襲われたんだが、その時に、魔女教会から逃げることを決めたのさ。混乱してたし良い機会だった」

「なにがあったん?」


誉に真正面から聞かれたニネットは少し言い淀んだが、最終的には覚悟を決めたような表情になった。


「……魔法を無力な人間に使うことは、最低卑劣な行為だ。特に魂魔法は最も人間に対して危険である。これは、魔法学校で最初に学ぶことだ。だが、魔女教会本部の認識は違っていた。暴徒が教会に流れ込んだ時、奴らは簡単に洗脳魔法を行使した。その結果、暴徒の半数はこちらに寝返り、味方同士で殺しあう地獄が出来上がった」


燃え盛る炎の中、息もままならない教会で友だった者に殺されて悲鳴を上げてゆく人間。圧倒的多数で乗り込んできた人間が、魔女たちの魔法によって蹂躙される。炙られ、凍らされ、溶かされ、潰されてゆく人間が自分たちを怨嗟を込めた瞳で見るのは苦痛だった。と、ニネットは語る。


「おえっ……人間は嫌いだ。でも、それよりもあいつらはクソだ。今でも夢に出る。笑顔で人間を殺しまわる奴らが」


黙って聞いていたファイエットだったが、ニネットの言葉でフラッシュバックしたのか涙目で嘔吐えずきながら、そう悪態をついた。


「そう、本部の人間は人を殺すことを楽しんでいた。自分で開発した魔法を実践で使ういい機会ぐらいにしか思っていなかったんだろう。その時は気付かなかったが襲撃自体、教会本部がけしかけたものでも不思議じゃない」


今度は、マノンが苦い表情をしながら口を開く。


「私たちにも魔女教会の一人は人間を攻撃するように指示したの、片手に生首を持ちながらね。もちろん私たちは拒否したけど。でも、そしたら、あいつら私たちにも洗脳魔法を使おうとしたのよ。まぁ、こっちにはエメが居たから洗脳されずに済んだけど」

「それでも奴らは、私たちにも戦闘に協力するように脅した。レア、の名前を使って」


レア、聞いたことの無い名前に誉、惣一、プロ子は首を傾げた。


「レアは私やエメ、マノンと魔法学校から一緒だった子さ。魔女養成所に入っても彼女は同世代の中でもひときわ優秀だった。でも、ある日……彼女はおかしくなってしまった。寝ている間に新たな人格が形成されたのさ」


そこまで聞いて誉は、以前エメが話してくれた親友のことだと理解した。


「複数人格が芽生えたせいで、彼女は二つの属性の魔法が使えるようになった。むしろラッキーだ……って表向きは何でもないように振舞ってたんだけどね」

「実際は、本当に苦しんでいた。何度もボクに助けを求めてくれた。怖い、自分の知らない誰かが入ってくるって。でもボクは……」


エメがそこまで言って、うつむいてしまったので代わりにニネットが引き継ぐ。


「そのレアの名前を使ってだ。『おまえらもレアみたいになりたくないだろう?アレは失敗だったが』、そう言ったんだ。私たちは直感的に気付いたよ。こいつらは人間だけじゃなく、魔女ですら自分のために利用する連中だって。ま、それから逃げたんだが本部も無理に追ってくることも無く、お互い不干渉ってのがずっと続いてたんだけどねぇ」


ニネットがしゃべり終わった頃には、飛行機に乗った頃の楽しい雰囲気は消え去っていた。誉も惣一もプロ子も、想像以上に暗い過去と、想像以上に狂気的な魔女教会という組織に気圧されてしまっていた。

残り十時間以上あるフライト時間、結局みなほとんどの時間を寝て過ごし、そんな暗いフライトがあと三十分ほどで終わりに差し掛かろうとした時だった。


「……ん?」


誉がふと、ごそごそという物音で目にしたのは初老の男。

黒いコートに、黒いハットに、黒いサングラスを掛けて、誉の目の前に立つ男。その男の手には拳銃が握られていた。

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