CHAPTER.29 許す時彼は仇敵よりも上にある

ゼロ距離からの銃撃、ジェントルは勝利を確信して引き金を引いた。


銃弾はプロ子の背中を破り、ジェントルの手に強い反動が来る。そしてプロ子は直立不動のまま、前にその場に倒れ込む。


なんてことはなかった。

その代わりに、ジェントルの手から銃口が落ちる。

唖然とするジェントルを他所に、ゆっくりとプロ子の身体が浮上する。それと同時に、プロ子の周りを囲むように浮かぶ青白い光輪が、細かく振動して重低音を森林に響かせた。


「な、何ですかッそれは!」


後ろを振り向かず、どうやって銃口を切り落としたのか、その姿は何なのか。数多の疑問がジェントルの平静を崩す。


「戦闘形態:モード『イグニッション』。過度の損傷の場合に使用可能となる緊急戦闘モード、だね」


軽くそう言ったプロ子は、さっと、左手を横に振った。

その動きとリンクするように、プロ子の周りを浮かぶ六つの光輪が一直線に並び、ひとつひとつが青白い光で繋がってゆく。そうして、十メートルほどの大剣へと変貌したのち、一閃、森の木々を薙ぎ払った。


これで八日目クリエイション!グレネードランchっ!?」


焦ったジェントルが、異能によって武器を手にしようとしたがそれも失敗に終わった。手中の銃が、何故か生成段階の途中で、粉々に破壊される。未知の技術に恐怖するジェントルにプロ子は教える。


「あ、無駄だよ。既にここはナノが降り注いでるから」

「はッ?」


ジェントルは直ぐに周りを見渡したが、何も見えない。


「えーと、ナノ物質が私の合図で自在に結合することで、ナノブレードが空中に形成されるっていう仕組み?らしいよ。ま、そんなに心配しなくても大丈夫。私が指定したときにだけ……って」

「一先ずッ!退散させてもらいマスっ!」


ジェントルも彼我の戦力差が分からない馬鹿では無い。太刀打ち出来ないことを察した彼は、プロ子が説明している隙に全力で逃げる。

逃げに徹されると、プロ子でも無傷で捕まえられるか五分五分。それを分かって、ジェントルも一心不乱に走る。

が、直ぐに逃走劇は幕を下ろした。


「っ!?」


ジェントルは、ごつん、と見えない壁に衝突して足を止めた。


「攻撃するまでは見えへんねんやんな」


そう言って、何も無かった空間から現れたのは誉。手には、『透明マント』が握られていた。


「使い方教えてくれて助かったわ、ほんま」


目の前の誉が、自身の武器で完全武装されているのを見るやいなや、ジェントルはUターンしようとした。が、それも叶わない。

突如、彼を囲い込むように現れたナノブレードの檻によって。

ジェントルは完全に敗北、捕縛された。




その頃、エレーヌと『笛の男』ルカの戦いも佳境に入っていた。

猛スピードで、エレーヌへ迫る山の主である巨大な猪。既に、先の体当たりで立つこともままならない彼女を見て、ルカはほくそ笑む。


「きゃーーーー!」


悲鳴を上げるエレーヌに、ルカは「所詮そんなもんか」とでも煽ろうとしたのだが、どうにも様子がおかしい。迫る猪を見て、悲鳴を上げたのではなく手元を見ている。


「あーあ、カメラ壊れてるよー。あ、でも、もう接戦を演出しなくても良いし、派手に戦わなくても良いんだ」


ぼそっと呟いたその言葉を言い終わらないうちに、山の主は倒れた。だが、エレーヌは棒立ちで何かをした様子はない。


「おい、てめぇ何をした?ていうか、さっきの言葉はどういうことだ」

「いや、配信のネタ用に撮影してたってだけ。まぁ、機材壊されたから、もう止めたけど」


その刹那、ルカの頬を何かが掠め、後ろの木が融け崩れる。


「天弓」


そう言った彼女の周りで光のもやが収束してゆく。

一秒にも経たないうちに、ルカは目を開けてられないほどの光を放つ数千の矢を前にした。

ルカは本能的に後ずさった。


「っ!?」


しかし、後ろからも空気が焼けるような、ジリジリという音がしてルカは振り返る。

その目で見たのは、絶望の光だった。

後ろも前も、発射の準備を待つ死に囲まれたルカは、もう戦意を抱けなかった。






「よーし、これで任務成功やな」

「ま、戦闘に関しては僕らなんもしてないけど」


誉と惣一は、拘束具を付けられて地面に転がる二人を満足そうに見る。


「えっーと、『笛の男』の方はエレーヌに預けるんだよね」

「そ、こっちでまずは天界に連れてくから」


その時、背後から二人が歩いて来る足音がした。


「……誰か来た」


緊迫した表情でプロ子が言った。

惣一と誉は後ろに下がり、敵襲に備える。


「おや、誉さん、惣一さんも。もう終わったのですね」


そう会釈しながら、現れたのはナキガオとダブルだった。

二人を見て、エレーヌとプロ子はホッと胸をなでおろした。


「ソイツですか」


ナキガオがジェントルを目に入れた途端、温厚な喋り方が一変し冷たい雰囲気になった。


「ナキガオ、何で来たん?手助けなら嬉しいけどもう終わったで」


誉の質問にナキガオは、再び柔和な表情に戻る。


「いえ、そこの『武器屋』に用があったんです」

「ジェントルに?何で?」

「えっーと、ですね。簡単に言えば、私の育て主を殺されたのは『武器屋』の所為なんです」


そこまで聞いたジェントルは、少し考え込んでからナキガオに話しかけた。


「ンンっ、もしかして、青山 はるかの親族ですかッ?」

「おい、勝手に喋んな」

「いえ、誉さん話させてください。この男が口にした青山 はるかとは殺された私の育て主の名前です」


ナキガオに止められ、誉も大人しくジェントルとの会話を許す。


「貴方は、知っているのですね。自らの行動が招いた事件について」

「そうですッ。アレ『パワードラッグ』を配ったのはッ失敗でした。もう少しッ毒性を強めるべきッでした!」


腕を拘束されながらも、大きなジェスチャーで開き直るようにジェントルは話す。


「つまり、自分の配ったものを服用した男が人の命を奪ったことについては後悔、反省、自責の念。そんなものは無い、と?」

「もちろんデスっ!犯罪者を駆逐するッというアイデアについての後悔ッしかありませン!」


それを聞いた誉とナキガオ以外の全員が苛立ちを覚えた。堂々と被害者を前に、そこまで言えるジェントルの無情さに。


「……そうですか」


しかし、ナキガオはそれだけ言ってジェントルに背を向けた。


「良いんか?」

「ええ、確認したかっただけなんです。犯人は何を思っているんだろうって。彼の気持ちも分かりましたし」

「そうか、まぁナキガオがそう言うなら、ええねんけど」




「なんだ。殺さねぇのか」


突如、頭上から男の声が発せられる。聞き覚えのない粗暴な声に、全員が上を見上げた。

空中に浮かぶ細身の男は、ルカと同じ様な中世ヨーロッパ風の古い服を身に纏っている。


「誉、攻撃する?」


囁くプロ子に誉は首を横に振った。相手の戦力が分からない以上、やたらと手を出すのは得策じゃない。


「せっかく、来る途中に見掛けたから教えてやったのに」


そうボヤく男にルカは帽子を脱いで叫んだ。


「ボス!助けに来てくれたんですか!」


露わになったルカの耳は、男と同じように鋭く長かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る