CHAPTER.26 兵は詭道なり

 『武器屋』が襲撃されてから一か月後。

二度目の満月の日に、ジェントルは木々の中に身を潜めていた。ずっと何も動きを見せない誉とプロ子に業を煮やして、ジェントルは自ら狼人間および『笛の男』の捜索をしていた。

そして、遂に昨日、狼人間が狼となって破壊衝動を木々にぶつけた痕が残る場所を見つけた為、『ナラザル』に情報をバラまいておいた。

つまり今日、奴は現れる可能性が高い。

盗聴器のほうも、怪しい動きは見せていない。

おおかた、『笛の男』の捕獲方法が思い浮かばずに頭を悩ませて、動けずにいるのだろうとジェントルは推測した。

実際、あの時は敗北したがそれは油断していたからに過ぎない。今度は、絶対に勝つという自信が彼には有った。

彼はジッと静かにその時を待つ。『笛の男』が現れるのを。





そのころ、誉とプロ子は夜の街を走っていた。


「本当に、ジェントルが盗聴器を仕掛けてるの?」

「可能性は高い。あいつならやるやろうなっていう賭けやけど」


二人は声に出さずに会話をする。


「それにしても、この道具すごいね。どこから入手したの?」


プロ子は腕に巻いているバンドを見ながら言った。


「あぁ、『武器屋』からパクってん。使用可能時間が十分程度なんが難点やけど」

「え!?どういうこと!?」

「あー、盗聴器仕掛けられ中やったから、喋られへんかってんけどさ、『武器屋』を襲ったん惣一とフォルティスやねん」

「え、でもあの時学校に居たよ?それにドッペルゲンガーでも無理でしょ?」


ダブルのドッペルゲンガーでも『武器屋』に入れば、能力が無効化されるので消えてしまうのだ。


「まぁ、今からわかるわ」


そう言って誉は、SESの前で立ち止まった。

プロ子は初めから、ジェントルを捕まえるようなことを言っているのに、森とは違う方角に向かうことが疑問だった。が、取り敢えず誉についていくようにSESに入ることにした。




「これや、これが答え」


全てのゲートが中継する円形の部屋に誉とプロ子は、SESのゲートから来ていた。

モルフェウスの空間を、魔法を介さずに開いた状態で固定して任意の位置にゲートを繋げるSESの技術力にプロ子は驚愕する。


「こんなのは、未来でも見たことない……。独自の技術としてなら可能だけど、まさかモルフェウスの力を利用するなんて」

「まぁ、ただの魔女の集まりなら無理なんかもしらんな」


そう言いながら、誉は山のマークが描かれているドアの前で立ち止まった。


「よっしゃ、じゃあ行くぞ。もしかしたら、既に相対しているかもしれん」


既に相対している、誉の言葉でプロ子はようやく作戦を察した。


「ちょっ、『笛の男』と『武器屋』を同時に捕まえる気!?」

「そうやで、その為にわざわざジェントルに情報を流してんから」

「じゃ、じゃあ、もうちょっと待ったほうが良いんじゃない?二人が戦って疲労しているところを……」


プロ子の提案に誉は首を横に振った。


「それは望まれへん。だって会った時点で、ちゃうやんってなってまうし。あくまでも二人を一か所に集めるのが目的や」

「いやいや、でも二人同時はさすがに厳しいって!私しか戦闘要員居ないし……」

「んや、心強い味方がおんねん、実はな。ま、入ろーや」





緑色の中世ヨーロッパ風の古臭い服に身を包み、短い金髪を帽子で隠す西洋風の顔立ちをした青年は、頬から血を流す。

計画の手始めに狼人間を使役しようと満月の日、『ナラザル』でたまたま見掛けた情報を元に来たところに問答無用の茂みからの銃撃。

直ぐに青年はこの場に来たことが失敗だと気づいた。

未だ幻獣を使役できていない彼だったが、攻撃手段がないということでは無い。冷静に周りを観察する。


「罠だったか……さて、どうするか」




そう呟いて自分のほうを見た青年をはっきりと目に捉えジェントルは驚く。ジェントルの知っている『笛の男』はもっと日本風の顔立ちで眼鏡を掛けていた。特徴が合致しない目の前の青年にジェントルは、姿を見せることにした。


「あなたッ誰ですか?」


茂みから立ち上がった黒スーツ姿のジェントルを見て、思わず青年は笑ってしまう。


「人様のことを撃ったあとに、名前を聞くって馬鹿か?」

「それは……その、人違いッでした。申し訳ございませン!」


馬鹿正直に謝るジェントルに、青年は更に笑う。


「ふっ、謝ったから良いってもんじゃねぇが、まぁ良いだろう。それで、人に名前を聞く前にお前が名乗るってのが筋だろ?お前は誰だ?」


青年の手招きに従ってジェントルは茂みから出る。


「ワタクシっ、ジェントルという者デスっ!この町でッ『武器屋』を営んでッおります!宜しくッお願いしますッ!」

「そうか、俺はルカだ」

「……あなたッは、『笛の男』でしょうかッ?」


握手をしようと差し出した手をはたかれたが気に留めることなく、ジェントルは単刀直入に聞いた。


「笛の男?まぁ、確かに笛は持っているが」


『笛の男』という単語は知らないのか青年は首を傾げたが、ポケットから小さな笛を少し見せた。


「あんまり人に見せるようなモンじゃねぇんだが」

「では、その笛で動物、幻獣を操ることはッ?」

「可能、だな」

「フム、では貴方は『笛の男』ッなのでしょう!」


目の前の青年、ルカが『笛の男』だとしたら、前に自分の店を襲ったのは誰だ?そもそも、それが『笛の男』だと言ったのは鷺山 誉だった。

ジェントルはようやく気づいた。


「そうか……この状況が狙いですかッ」


悔しそうに独り言を言うジェントルにルカは妙なものを見る顔をした。


「大丈夫か?お前」

「ルカさんッ、今この状況、この時点で既に罠ですッ!」


「ちょっと気付くんが遅かったなぁ」


ジェントルは背後から誉の声がした途端、逃げようとしたが直ぐに止めた。


「ンン?二人ッ、ですか?」

「誰だ?こいつ」


隣で警戒感をあらわにする青年に誉は軽く自己紹介をする。


「俺は鷺山 誉や。そんで、隣におるんがプロ子。お前らを捕まえに来た」

「ご冗談をッ!たった二人とは舐められたものデスっ、私一人にも勝てないのではッありませんか!?これで8日目クリエイションマシンガンっ!」

「よく分かんねえが……こいつらが、敵ならば俺も力を貸そう。『来い』」


ジェントルは両手に抱えるほどの大きなマシンガンを、ルカは周りを囲むように熊や猪を呼び寄せた。


「まぁ、確かに。俺ら二人やったら無理やろうけど」


そう言って誉は意味深に天を見上げる。


「天使がこっちについとるからな。なあ?」


呼び掛けた天からは、惣一が舞い降りた。

きらびやかな天使と共に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る