異世界の仕事人は空気を読むのが得意です

どこかのサトウ

異世界の仕事人は空気を読むのが得意です

 貴族が道を歩いていた。そこに偶然通りかかった平民の女性がぶつかった。


「も、申し訳ございません」


 ぶつかった相手が貴族だと分かり、女はすぐさま頭を深く下げた。


 女は美しい顔立ちをしていた。ひとめ見た貴族は彼女を大層気に入ってしまった。


 真っ当な貴族だったなら、肩がぶつかった程度ではそれほど大事にはならない。


 護衛の不手際として、処理されるだろう。


 だが……彼女は、ただただ運が悪った。


 * * *


「で、連れて行かれて戻ってこないと?」

「そうなんだ。今回はさすがにおいたが過ぎたようだ。我が王がお怒りでね——」


 俺の目の前で、絹糸のような美しい金髪を掻き上げた女性の名はマーリィ伯爵。巷でイケジョと名を馳せる超有名な近衛騎士だ。


「どうしたものか……なあ、ロディ?」

「マーリィ様。私に良案を求められても困ります。自分はぬいぐるみを売って、生計を立てるただの裁縫職人ですから」

「わかっている!」


 彼女は作業場に飾られている大きな熊のぬいぐるみをじっと見詰めている。


「マーリィ様、このでかいぬいぐるみ、買ってくれませんか?」

「残念だが、我が屋敷に置く場所はないな」


 俺は心の中で思う。嘘おっしゃいと。


「それに私がぬいぐるみを部屋に飾るために買って帰れば、周囲から失笑されるだろうな」


 これが本音なのだろう。彼女は騎士であり面子を気にしている。男が多い職場だ。女性だと、男に舐められてはいけないと見栄を張っているのだ。


 俺が作業台から立ち上がると、彼女は嬉しそうにこちらをみる。


「トイレか!?」


 俺はため息をついた。


「ぬいぐるみの配達です。マーリィ様も、貴族のご令嬢なんですから、トイレなどと口にしては——」


 彼女は耳を塞いであーあーと唸っている。


「——ほら、さっさといけ!」


 俺の進言は邪険にされ、さらには家主である俺が追い出される。解せぬ。



 * * *


 俺は配達中に、作業場にある小さな熊のぬいぐるみとリンクする。


 これが俺のギフト。ぬいぐるみを操る能力だ。


『あぁ、ベアール! どうか私を助けてくれ!』


 マーリィ様が作業場に飾ってある大きな熊のぬいぐるみに抱きついて、弱音をこれでもかと吐露していた。


 あの人、お気に入りにちゃっかり名前までつけてやがる。頼むから本当に買ってくれよ!


 あの大きな熊のぬいぐるみは、マーリィ様のお気に入りだ。売るに売れないため、あぁして作業場に鎮座しているのだ。


 そのためか、マーリィ様は俺の工房によく足を運ぶ。そして俺のぬいぐるみを買っては、貴族令嬢にプレゼントをしている。つまり彼女は俺のお得意様なのだ。


 そんな彼女が困っている。俺はため息をついた。


「今回は俺が出るか……最近は物価高で布や針の値段も上がってきたし」


 ぬいぐるみの配達を終わらせ、その日の夕刻、俺は職人たちの寄合に参加することにした。


 今回の寄り合いは、大方この貴族がらみになるだろう。


 ——   数日後   ——


 暖かな陽気にうつらうつらとしていると、カランカランと扉が開く。来客だ。


「やぁ、ロディ」


「これはマーリィ様、いらっしゅいませ」


 彼女は笑みを浮かべながら、店に入ってきた。表情は軽やかだ。


「部下のベリル男爵に女の子が生まれたらしい」

「それはめでたいですね」

「そのお祝いでぬいぐるみをプレゼントしようと思うんだが——この子に決めたぞ!」


 彼女はパッと目についたぬいぐるみを指差して、豪快に首根っこを掴むとカウンターに座らせた。


「包んでくれ!」

「かしこまりました。では準備を致しますので、奥へどうぞ」


 彼女は作業場に置かれた応接用のテーブルに座る。俺はすぐにお茶をお出しした。


「ロディ、話は変わるんだが、ラール伯爵が死んだ」

「そうなんですか? お悔やみ申し上げます」

「あぁ、頭を針のような鋭いもので貫かれて死んでいたようだ」

「物騒ですね」


 彼女の眼光が鋭さを増した。


「これは私の感なのだがな、王様は直属の部隊を動かしたに違いない」

「何故、そう思ったのですか?」

「王様の機嫌が良かったからだ」

「……はぁ」


 どう答えれば良いのか分からず、俺は言葉を濁した。


「私はこう見えても近衛騎士団の団員だぞ? その私がこの情報を耳にする前から王様は機嫌が良かった。つまり、そういうことだよ」

「はあ、そういうもので」

「あぁ、そういうものだ」


 話は終わりだと、彼女はお出ししたお茶に口をつけた。


 俺は頭を痛めた。上がこれでは、いずれ暗部が暗部で無くなってしまう。少なくとも、彼女はこの国に暗部が存在することを確信してしまった。


「マーリィ様、そういう話は外で軽々しく話さぬようにしてくださいね」

「当然だ。ロディ、お前だからしているのだぞ?」

「ありがとうございます。大変申し訳ございませんがマーリィ様、私、少しお腹の調子が——」

「ふむ、どうやらロディは胃腸虚弱のようだな。今度薬でも買ってきてやろう」


 俺は頭を下げ、プレゼント用に包んだぬいぐるみをお渡したあと席を外した。


 彼女とベアールの逢瀬を、邪魔しないために——


 おわり

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