兎踊りて危機至る(月光カレンと聖マリオ13)

せとかぜ染鞠

第1話

 記憶障害のために自らを7歳児だと思っている三條さんじょう公瞠こうどう巡査は,月光カレンの宿敵であり,聖マリオの信者でもある。月光カレンであり,聖マリオでもある俺さまは今の三條にとって叔母に見えている。古本屋に入った7歳児青年は数多あまたの書籍からお目あての品をすぐさま選びだした。それは海底に沈んだはずの俺の記した日記の1冊だった。

 全部で18冊あるほかの日記も捜したが,見つからない。

 三條が俺の手を握ったまま,陳列台に挟まれる通路奥で居眠りする店主のもとへ行く。日記の情報を求めれば,近所の苦学生の持ちこんだ,無名作家の手記だという答えが返る。いずれ彼の作品は評価されるので価値が出るからと無理やり買わされたとか。

 表示値の7倍の金額を提示し,売り主の個人情報を入手した。日記購入後に学生の住むアパートへとむかう。

「古書に夢中とはユニークだこと……ぬいぐるみに興味はないのですか?」俺は脇をはしゃぎながら走りぬける子供たちへ一瞥を投げた。銘々の腕にピンク色した兎のぬいぐるみを抱えている。商店街が地下鉄のプラットホームへときりかわる境界に,着ぐるみのピンク兎が軽快なステップを踏みつつ,ぬいぐるみを配っているのだ。周囲に親子づれが群がっていた。

「いっつも子供扱いして――」三條が人を見おろし,唇を尖らせる。「僕ちゃんはもう大人だよ!」

 そりゃそうだろうよ――堪えきれずにふきだした。

 三條が突然ダッシュする。笑われて感情を害したのだろうか。

「どうなさったの?」三條を呼びとめた。

 三條が擦れちがった女児へと駆けよる。え?……

 女児の腕からぬいぐるみを奪いとった! 女児が火のついたように泣きだし,そばの母親が甲高い声で非難を浴びせる。

 ぬいぐるみなら貰ってやるから――俺が制止に入ろうとした瞬間,三條はぬいぐるみの毛皮をひきさき,露出された鉄塊を頭上に突きあげた。「みんな逃げて,爆弾だよ!」

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