色褪せたウサギ

鷺島 馨

色褪せたウサギ

 あんな事を言わなければよかった。

 今更ながら、あの時の事を悔いた。

 いまの僕は言葉を発することも、自由に身体を動かす事もできない。


 僕の家には古いぬいぐるみがあった。

 元々の色がわからない程に色褪せたウサギのぬいぐるみは僕が物心ついた時には家にあって、歳の離れた姉さんのものだとずっと思っていた。


 その姉さんの結婚式を数日後に控えたあの日。

 僕は姉さんの荷造りを手伝わされていた。まあ、それ自体はいい。

 面倒をかけていた自覚もあるからこのくらいの手伝いは喜んで引き受けた。

 あらかた荷造りが終わったところでそのまま置かれていたウサギのぬいぐるみの事を訊ねた。


「姉さん、ぬいぐるみを入れ忘れてるよ」

「えっ? ぬいぐるみなんて、私持ってないわよ」

「じゃあ、あのぬいぐるみは……」


 そのあと、父さんと母さんにもぬいぐるみの事を訊ねたんだけど首を傾げて僕に大丈夫かと訊いてきた。


 そんな…… 僕がおかしいんだろうか?


 その日の晩、腑に落ちない気持ちのまま僕は横になっていた。

 どうしても眠る事ができずにあのぬいぐるみの事を考えていた。

 そう、僕だけが認識している


「なんで、なんで僕だけ……」

『それはね、君が選ばれたからだよ』

「っ!?」


 頭の中に響いた性別不明な声は僕が選ばれたと言ってきた。

 いったいなにに選ばれたんだ……


『不思議に思ってる? それとも不安?』

 くすくすと頭に響く笑い声。

『でも、もう遅いよ…… 君は、選ばれたんだから……』

 その声を最後に僕は眠ってしまった……


 目を覚ました時、僕は身動きも声を出す事もできなかった。

「もう、あの子はいったい何処に行ったのかしら?」

 僕の部屋に入ってきた母さんはそう言った。

 だけど、部屋を出る時には自分の発言に不思議そうな表情を浮かべていた。

「あの子って誰のことだったかしら?」


 僕の存在は皆んなの中から消えてしまったのか……

『ようこそ、新しい仲間』

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色褪せたウサギ 鷺島 馨 @melshea

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