このぬいぐるみには精霊が宿っています

白千ロク

このぬいぐるみには精霊が宿っています

 小さな頃に買ってもらったぬいぐるみは、水族館のお土産コーナーのものだ。カメのぬいぐるみである。


 そこから一緒に寝ていたりしたのだが、大学生になったいまは本棚の上に置きっぱなしとなっている。買ってもらった頃なんかは大きなぬいぐるみだと思っていたのに、成長すればするほど、片手で抱きかかえることができるほどの大きさだったのだということを解ってしまった。汚れる度に手洗いをしていたからか、少々くたっとしていたりするが、可愛さはそのままだ。


 日干しをしていたとある日、ぬいぐるみ――カメ蔵は喋りだした。しかもすごく可愛らしい女の子の声で。姿と声のギャップがすごい。いや、ぬいぐるみだからこそ、可愛らしい声かも解らないが。


「つまり、話したことをまとめると、魔力を寄越せということですか?」

『違いますよ! 私はちょっと魔力を分けてほしいだけですから!』


 いやだから、魔力を寄越せということだろ?


 といっても、現代日本に魔力を持つ者がいるかどうかだが。公にはしていなくとも、不思議な力を持つ者は昔からいるようだから、いるにはいるかもしれない。俺ではないだけで。


 なぜこの精霊は俺に話しかけてきたのかは解らないが、凡人に魔力があるはずもないだろう。


「俺には魔力がないので、ほかを当たった方がいいですよ」

『そんなはずはないですよ。現に私の声が聞こえていますよね?』

「あー、これ、幻聴ではないんですか?」

『幻聴だと思っていたんですかー!?』


 酷いですーとの言葉とともに、ぽこりと体当りされたんだが。ぬいぐるみだから痛くもないけど。


「いやほら、大学生活とバイトで忙しい毎日ですし」

『知っています。見れば解りますしっ』


 どうやらこの精霊は空気を読んで、休みの時に声をかけてきたらしい。いつから宿っているのかは謎だが、精霊界にできた空間の亀裂に興味本位で触れてしまい、現代日本に飛ばされてきてしまったようだ。ファンタジーはごくごく身近にあったよ。マジでか。


 精霊の話ではこの世界であっても少ないながらも魔力はちゃんと存在しているようで、呼吸や食事で取り込んでいるという。溜まった魔力を渡してくれということだ。


 まあそれなら、とカメ蔵の頭を撫でてやると『ふにゃぁあぁあ〜♡』という声が聞こえてくる。


『くっ、ただ頭を撫でられただけだというのにっ、私としたことが気持ちよさに意識が飛びかけましたよ……っ』

「はあ、そうですか」


 今度は悔しそうな声を上げるが、なんだこの精霊。面白すぎだろ。


 大学生活とバイトに忙殺されていたが、面白いことは身近に隠れていたようだ。これからはもっと落ち着いて日々を送ろうか。


 大学生活とバイト、それにひとり暮らしにもようやく慣れてきたことだし、無事に帰れるようになるまではこのぬいぐるみに付き合おう。


 ――なにせ楽しそうだしな。これは中々飽きがこないだろう。




(おわり)

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