VOICE ~声~

桔梗 浬

チビたん

 僕が梨花ちゃんに初めて会ったのは、梨花ちゃんの2歳の誕生日だった。パパが僕を見つけてくれて、僕は梨花ちゃんのところにやってきた。

 僕を初めて見た梨花ちゃんの瞳はとってもキラキラしていて、めちゃくちゃ可愛い顔で僕を見てた。


 そして僕をぎゅーっと抱き締めてくれたんだ。


「チビたん♪チビたん♥️」


 僕も梨花ちゃんが一目で好きになった。


 梨花ちゃんはいつも僕と一緒にいてくれた。食事の時も寝るときも。ずっと一緒だった。梨花ちゃんはとってもいい匂いがする。ミルクのようないい匂い。


 それから梨花ちゃんは少しお姉さんになって、いろいろ僕にお話ししてくれるようになったんだ。


「チビたん大好き♥️」


 僕はとっても嬉しかった。誇らしいとさえ思った。でも梨花ちゃんのお医者さんごっこだけは納得がいかなかったけど…、大好きな梨花ちゃんのためなら何だって僕はできる。


 ある日梨花ちゃんは大きな鞄を見せてくれた。ママが言うには、後になってわかったけどランドセルって言うんだって。

 薄いブルーにピンクのラインが入ってる可愛い鞄だ。


「チビたん。私学校に行くの♪お友達たくさん出来るよね。」


 梨花ちゃんは、期待と不安の混じったような顔をしていた。大丈夫!梨花ちゃんならたくさんお友達出きるよ。僕はそう言った。


 その夜、梨花ちゃんは僕をベットの中でぎゅっと抱き締めてくれたんだ。僕は梨花ちゃんの香りに包まれて、本当に幸せだった。この時間がずーっと続きます様にって神様にお願いもした。


 翌日、梨花ちゃんは帰ってこなかった。その次の日も、またその次の日も…。


 後で知ったんだけど…梨花ちゃんは天国に行っちゃったんだって。だからもう梨花ちゃんには会えないんだって。もうぎゅーっと抱き締めてもらえないんだ。


 僕には心がないけど…悲しいって思ったんだ。


 ママが梨花ちゃんのベットに座って、僕を抱き締めながら、そう説明してくれた。


「梨花…。ごめんね。助けてあげれなくて…本当に…ごめんね。」


 ママは泣いていた。モフモフの僕を抱き締めて泣いていた。何度も何度も、ごめんねって言い続けてた。


『チビたん大好き♥️』

『チビたんば~か』


 ママがあまりにも僕を強く押すから、僕の中にある梨花ちゃんの声が外に漏れちゃう。

 僕の体は、梨花ちゃんの声が保存されていて、お腹を押されると…声が出ちゃう仕組みらしい。


「梨花…。」


『チビたん大好き♥️』


 ママが何度も僕のお腹を押すから、僕はありったけの力を込めて声を出す。

 ママはまた僕を抱き締める。僕の体はママの涙でベチョベチョになる。この繰り返し。


 僕も梨花ちゃんの声を聞いて、梨花ちゃんのことを思い出す。いつも一緒だった梨花ちゃん。かわいくて、いい匂いがして、いつもぎゅっと抱き締めてくれる、大好きな梨花ちゃん。もう会えないなんて寂しすぎる。

 こんなにママも泣いている。僕も…悲しい。


『ママ大好き♥️』


 僕はママに元気になってほしくて、僕の中にある梨花ちゃんの声をちょっとだけ変えてみたんだ。ママはビックリして僕を見てる。


「梨花…。あぁ…梨花。」


 僕はちょっと良いことをした気分だった。


 でもそれは間違ってたんだ。ママはもう一度僕に話してもらいたくて、何度も何度も僕のお腹を押す。何度も何度も…。


「三咲、何してるんだ!」

「梨花が、梨花がここにいるの。」


 パパがすごい怖い顔で僕の手を引っ張って、ママから離れさせた。


「梨花は死んだ。しっかりしてくれ!頼むから…。」


 僕は気付いたんだ。良くないことだったんだって。ママをもっと悲しくさせただけだったんだって。ごめんなさい。


 だから僕はこの日から話すことを止めた。声を出すこともない。


 ママは僕のお腹を押し続けた。


「梨花、梨花。お願い、ママのこと呼んで…。お願いよ…。」


 ママはいつも泣いていた。


 そんなママも姿を見せなくなった。僕はあれからずーっと天井に書かれた空と雲を見つめてる。誰も来ない部屋で…。梨花ちゃんのいない部屋で。梨花ちゃんの使われることがなかったランドセルと一緒に。


 どのくらい時間がたったんだろう。僕にも最期の時が来たらしい。


 パパが僕や梨花ちゃんが大切にしたものを全部まとめてお庭につれてきたんだ。


 梨花ちゃんのお洋服やゾウサンのぬいぐるみも、お庭に置かれた大きな箱の中に入れられた。

 メラメラと音を立てて暖かい。


「チビたん。梨花も三咲もいなくなったよ。ごめんな。」


 パパは僕にごめんと言って、メラメラの箱にそっと置く。僕には心もないし痛みも感じない。でも、パパがあまりにも寂しい顔をしてるから、間違ってるってわかってたけど、もう一度だけ声をあげてみた。


『パパ ありがとう。チビたん大好き♥️』


 僕の体はあっという間に炎に包まれる。自慢のモフモフも全部。

 

 梨花ちゃんにまた会えるかな? 僕、初めて会った時から、梨花ちゃんが大好きだったんだよ。本当だよ。

 僕の目はだんだん溶けて、涙みたいに流れたんだ。


『梨花ちゃん…大好き。』



「梨花!クマさんのぬいぐるみだよぉ~。お誕生日おめでとう!」

「わぁ~梨花ちゃん。可愛いねぇ。モフモフしてるよ。」

「チビたん♪チビたん♥️」


僕の一番幸せだった記憶が、溶けていく。


『梨花ちゃん…だ…い…』



「チビたん。やっと会えたね。梨花もチビたんがだ~い好きだよ。ずっと傍にいてね。」




END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VOICE ~声~ 桔梗 浬 @hareruya0126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ