KAC第2回『ぬいぐるみ』

綾野祐介

第2話 ぬいぐるみ

 気のせいか何かが見ている気がした。そんなはずはない。一人暮らしの1LDKマンション、それも7階だ。窓からも見られるはずがない。隣の部屋との壁はコンクリートで穴を開けられる心配もない。屋根裏点検口は前に一度確認してみたが隣の部屋には繋がっていなかった。


 やはり誰かに見られている気がする。明らかに視線を感じる。感じる方向を不意に振り返ってみた。



「あれ?」


 今何かが動いた気がした。確かに何かが動いた。もう一度視線を外す。そして急に振り返った。


「動いた。」


 視界ギリギリで捕えたそれは熊のぬいぐるみだった。テディベア風だがテディベアではない40cmほどの茶色いぬいぐるみだ。目はテディベアと同じようなトパーズのグラスアイだった。少し赤い。


「今、動いたよな。」


 返事をする訳が無いが熊のぬいぐるみに話しかけた。当然返事はない。


「というか、こんなぬいぐるみ、ここにあったっけ?」


 どう見ても覚えのない代物だった。何時、誰が持ち込んだ?


「梨沙子が持ってきたのか、あいつ何時の間に。」


 梨沙子は俺の彼女だ。ナンパが成功して付き合いだして2か月、ようやく部屋にまで来るようになったばかりだった。ただ、一番最近来たのは一昨日だった。昨日はバイトで遅くなったので来てはいない。そして、そんな場所に昨日はぬいぐるみなんて無かったはずだ。一昨日から置いてあった?いやいや、あり得ない。でももしかしたらあったかも知れない。忘れていた?


 視線は間違いなく熊のぬいぐるみからだった。今、目が動いた?少し正面からはズレているが視線がこちらに向いた気がした。なんだか怖くなって少し離れてみていたが、とりあえずはそれ以上動きそうになかった。


 そう言えば一昨日、梨沙子が帰ったのはいつだったか。あまり覚えていない。そもそも帰ったのか?


 そんなとき視線を送るだけではなく、ぬいぐるみがゆっくりとこちらを向いた。

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KAC第2回『ぬいぐるみ』 綾野祐介 @yusuke_ayano

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