ワタリ廻廊にて

金谷さとる

死にたい

 目の前には自作の絵本と真っ二つに折れた栞。手に取った絵本はざらりと砕け落ちてしまう。

 ワタリ廻廊のレンタルスペースでなんで自分は生きているんだろうって考える。

 私は、正直に言って社会生活、人に合わせて生きていくことがクッソ下手なのだ。誤魔化せることが可能なら社会生活おくれると思うんだ。

 ワタリ廻廊に出逢わなければたぶん、勇気を振り絞って歩道橋あたりから足を踏み外していたと思う。でもさ。死に損なうことがこわくて。電車に飛び込むのも高所から飛び降りるのも後片付けが迷惑だし、アパートで、なんて事故物件作成なんてって思うし。こわいし申し訳なくて無理。

「あ。ぬいさんだ!」

 明るい声に振り返れば私の命を繋ぐ推しがいた。

「ネオンくん」

 急にふりだした雨に呆然としていた私を「おねえさん、濡れちゃう!」と手を引いてワタリ廻廊に滑りこんだその日からネオンくんは私の推しなのだ。

 そこから五年たち、私はバイトを転々とし、ネオンくんは高校生になった。

 友だちも多いだろう彼女はなにが嬉しいのか私をぬいさん、ぬいさんと慕ってくれる……。後ろにいる男だれ?

「あのね、ぬいさん、紹介しておくねー。ネオンくんの彼氏タイくんです! タイくん、こちらのおねえさんはお友だちのぬいさんですよ。いくら素敵でも浮気はダメですからね」

「はじめまして」

 ぺこりと頭を下げる彼は穏やかそうな人でした。ネオンくんがかわいい系なら彼氏は美人系です。目がつぶれる。心がへしゃげる。

「あ。もう、死んじゃいたい」

「だーめでーすー。ぬいさんはネオンくんにウェディングぬいを! ウェルカムぬいをつくってくれる予定じゃないですか!」

「あ。カップルぬいつくってくださった作家さんですか? オレが持たされてるねおんくんぬいすごくかわいいです。ありがとうございます」

 え。ネオンくんぬい彼氏くんが持ってるの?

 え。自室に飾ってる? 

 ネオンくん? にっこり笑って「虫よけです」はちょっと想定外かな。

 ああ、自作ぬいぐるみにとり憑いてずっとネオンくんを見守りたい。

 尊死。

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ワタリ廻廊にて 金谷さとる @Tomcat

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