50年の涙
真坂 ゆうき
ぬいぐるみは涙を流せない
「………る」
嗄れた声で君は僕に呟いた。皺くちゃになった手で僕の頭をゆっくり撫でながら。
「…………」
僕は君に囁こうとした。でも、縫い付けられた口は全く動かなかった。
くすんでボロボロになった手を一生懸命君に伸ばそうとしたけど、動かなかった。
君の瞳から溢れた透明な雫が、部屋の窓から差し込む光を反射して輝いた。
何で君は笑っていられるんだ。僕は笑っていたくなんかないのに。
何で僕は涙を流せないんだ。こんなにも哀しいことはないのに。
僕と彼女―—そう、かれこれ50年ほど昔の話だ―—
熊のように身体が大きく力強い、勇敢な戦士として名を馳せていた僕と、小柄だが俊敏で、ありとあらゆる魔法を使いこなす魔法使いだった彼女はコンビを組み、この世界を恐怖に陥れていた魔王に戦いを挑んで負けたのだ。文字通り完膚なきまでに。
その気になればあっさりと僕たちを手にかけることも出来たであろう魔王は、僕達に一つの呪いをかけた。その結果僕は当時の姿のまま、小さなぬいぐるみにされてしまったのだ。
絶望に打ちひしがれた僕たちに、魔王は嘲笑しながらこう言った。
【―—この娘の身が朽ちるとき、貴様の呪いは解け、元の人間に戻るであろう】
魔王の元から決死の思いで逃げ出した君は、僕達の呪いを解くべくありとあらゆる方法を尽くした。だけど魔王の呪いは、一人の人間がどうこうするにはあまりにも強力過ぎた。あれを試しては肩を落とし、これを試しては首を振り。それでも彼女は諦めることは無かった。
僕を捨てて自由になってくれ。そう何度口に出せればと思ったことか。
けれども、結局君は僕を見捨てなかった。その答えは50年経てば嫌でも分かる。何故なら、僕はついに口に出せなかったその思いを、君はずっと毎日のように僕に囁いてくれたのだから。
『「愛してる」』
力なく垂れ下がった君の手を握り締めながら、僕は背を丸めて泣き続けた。
50年の涙 真坂 ゆうき @yki_lily
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