第2話 エドガー・マキーナルトの狼退治
長閑な大地に伸びる道を馬車が進む。道は石畳でかなり整備されている。
左手側には刈り取られた小麦畑が地平線の果てまで広がっており、右手側にはなだらかな平原と、その先にラハム山というひと際大きな山とそれに連なる小さな山々が見える。
季節は既に晩夏。まだまだ日差しはきついものの、ゴトゴトと揺れる馬車の心地も相まって、エドガーは少し眠気に襲われる。
「風にでもあたるか」
ただ、今寝ると夜寝れなくなりそうなので、エドガーは馬車の扉を開ける。猿のようにスルリスルリと馬車の屋根の上に昇り、足で馬車の扉を閉める。
「エドガー坊ちゃん。あんまり、動かんでください! いくら
「分かってる、ガビド」
エドガーは頷きながら、馬車の屋根から御者をしている白髪の老人、ガビドの隣へとスルリと降りて座る。
ガビドは片手で錆色の二体の
エドガーはそんな屈強な
「そういえば、
「無茶言わないでください。
「そうか? よく乗せてもらっているが、普通にいうこと聞いてくれるぞ。それに確かに幻獣だが、気性は穏やかだし、賢いぞ」
「はぁ」
ガビドは鼻のあたりまで無造作に伸ばしている前髪を息を吹きかけて払いのけながら、首を横に振る。
「そもそも、幻獣は人の言葉に従わないんですよ。ましてや、馬車を
「……それもそうか」
そういえば、幻獣って普通に物語とかに出てくる特別な存在なんだよな……とエドガーは思い出す。
「エドガー坊ちゃん。学園生活、大丈夫ですか? 分かっていると思いますけど、マキーナルト領は高ランクの冒険者ばかり集まる人外魔境ですから。特に天災級の魔物を討伐してしまう子爵様たちを基準にしてはいけませんよ」
「流石に分かってるぞ。父さんたちはかなり特殊だって」
古い古いおとぎ話、それこそ七星教会の聖典に出てくるような魔法やらアーティファクトやらを使うのが、エドガーの両親である。
それは身に染みている。
「だが、ガビドだって引退したとはいえ、金ランク……実力的には大陸でも二十人もいない聖金ランクの冒険者だっただろ。いけるだろって思っただけだ」
「無理ですよ。大体、それは冒険者内の実力であってマキーナルト領では中堅くらいですよ。住人の方が高ランク冒険者よりも強いんですよ」
「まぁ、それもそうか」
エドガーの父であるロイスが治めるマキーナルト領は
共に大陸内でも危険とされる場所であるが、特にアダド森林は世界に六つしかない大魔境と呼ばれる場所。そして数年の周期で、瘴気という特殊な魔力を纏った魔物を大量に放出する。
それは
そんな中、十数年前の
史上最悪だった。
だが、当時既に聖金ランクだったロイスとアテナ、ドワーフのアランとハイエルフのクラリスの四人冒険者パーティーがその十体の魔物を討伐し、
ロイスはその功績もあって、子爵の位を授かり、マキーナルト領を賜ったのだ。
ロイスとアテナは
ある程度安全となった地で、アダド森林とバラサリア山脈の間から流れるバーバル河とラハム山から流れるラハム川を利用して、エレガント王国でも有数の広大な農耕地を築き上げた。
ロイスの息子、しかも長男のエドガーはそれをよく知っている。
ぼんやりとそんなことを思い出しながら、エドガーは晴れ渡る青空を見上げていた。眠くなってくる。ウトウトし始めた。
しかし、次の瞬間、
「ッ」
エドガーの紺の瞳が鋭く細められた。眠気で細くなっているのではない。まるで、獲物を狙う獅子のごとく、鋭く静かな雰囲気を纏ったのだ。
なだらかな平原の向こうに見えるラハム山の方を見やる。
「
「私がやりますか?」
「いや、いい。眠気覚ましに俺がやる」
エドガーがスルリと馬車から降りる。ガビドが「一応、私は護衛も兼ねているんですがね……」と呟きくが、無視する。ガビドは仕方なく馬車を止める。
武器を何も持っていないエドガーは、平原をそろりそろりと歩みを進めてラハム山を睨む。
もし只人がここにいれば、エドガーは何故ラハム山を睨んでいるのか分からないだろう。なんせ、一面見渡す限り木々だらけだからだ。
狼のおの字も見当たらない。
だが、エドガーは違う。
「フッ」
さっきまでの動きが静とするなら、今は動。
軽く息を吐くと同時に、足元の土が大きく
木々が生い茂るそこで、しかしエドガーはスピードを落とすことはない。
稲妻が横に
そして、
「そこだな!」
「ガアァー!!」
一つの木の上。
葉っぱが生い茂る枝にじっと息を潜めて街道の睨んでいた紅い毛並みの狼がいた。木々を登ることのできる
木の上で遠くの獲物を見定めるほか、上にいる紅森狼に気が付かずに木の下を通った小動物や小型の魔物を受けから奇襲するのである。
木の上への警戒を怠りやすい低級の冒険は紅森狼で命を落とすことも少なくない。
そんな紅森狼に向かって、エドガーは驚異的な跳躍力で飛び上がる。
紅森狼はニィッと嗤ってエドガーにとびかかる。なんせ、エドガーは手ぶらだ。武器を持っていない。
殺せる!
そう紅森狼が確信した瞬間、エドガーの右手が急に深い海の底のように澄んだ紺色に光りだす。
魔力が集まっているのだ。
「魔装、
「ガウァっ!?」
そしてそう呟いた瞬間、エドガーの右手には漆黒の斧、黒天斧が握りしめられていた。
紅森狼にとっては想定外すぎる。思わず素っ頓狂な鳴き声を上げてしまう。そして慌てて重心をずらして斧の間合いから逃げようとするが時遅し。
「悪いな」
「ガァァー!!」
豪速で振るわれた黒天斧が紅森狼の首を切り裂いた。血飛沫が舞う。
更に、エドガーは手を緩めることなく黒天斧を振るった勢いを利用して空中で一回転して、今度は紅森狼の脳天の黒天斧を落とし、カチ割る。
紅森狼は絶命し、地面に落ちる。それと同時にエドガーは着地して、
「シッ」
「ガャアアー!!」
「ガァッ!」
「ガアー!」
「キャイン!!」
絶命した紅森狼の仲間。
着地した瞬間が無防備だと思って襲い掛かってきた四匹の紅森狼を、エドガーは黒天斧を横に一回転して切り裂く。
最後の一体だけは鼻先を軽く切られるだったが、他三匹は確かに顔を深く切られ、絶命した。
エドガーは手負いの紅森狼を静かに睨む。
そして黒天斧を握っている手とは逆の手を手負いの紅森狼に向けた。
「〝
「ガ……」
エドガーの手のひらから突如として土の弾丸が発生したかと思うと、手負いの紅森狼に向かって射出された。
土魔法、〝
脳天を貫かれ、手負いの紅森狼は絶命した。
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最弱種族の少年が最強の力で竜を打ち倒す物語です。
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