殺意を持ったのは、君のぬいぐるみだった
蘇 陶華
第1話 明けの明星、雪華に翳る
僕は、嫌いだった。こんな退屈な日々。早く時間が経ってしまい、僕は、老いて死んでしまいたかった。望んで生まれた訳ではないのに、親二人は、僕の為に働いている顔をして、僕を無視している。食べて寝て、食べて寝て、時間だけが過ぎていく。僕は、親の敷いたレールを歩いていくだけ。勉強するだけの、親の人生。僕は、呪って、呪って。数えきれない位、周りの人を呪った。僕のお爺さんが亡くなったのも、僕が呪ったせいだと思った。朝、起きたら亡くなっていた。飼っていたインコも、亡くなった。僕が、呪ったせいだ。いつも、僕は、心の中に、思い石を抱えて生きている様だった。こんなに、僕は、苦しくて仕方がないのに、これ以上生きろというのかい?僕は、いつも、自問自答し続けていた。早く、何もない世界に行きたい。この世界は、僕にとって、窮屈すぎる。気がつくと僕は、中学に上がり、親達が喜ぶ進学校に通っていた。親が望む学校に入学出来たのだから、部活だけは、やらせてもらった。美術部。運動すると疲れて、勉強に身が入らなくなるからと、母親に口出されて、第2志望の美術部に入ることになった。誰にも、邪魔されず、僕は、空想に耽る事ができる。自宅にも、心の落ち着く事ができない僕にとって、美術室は、僕の夢の世界だった。僕は、この世界の主人公になれる。自由に翼を広げ、僕は、冒険者になり、ある時は、国王になり、魔術師になり、僕は、空想に耽りながら、思うまま、絵を描いていた。そんな僕は、美術室の隅に、少女がいる事に気づいた。少女は、僕に全く気が付かず、いつも、背を向けて、キャンバスに絵を描いていた。一心不乱に。僕は、何を描いているのか、気になって、覗き込んだ。ハッとした。キャンバスは、真っ赤に、塗られているだけだった。
「誰?」
少女は、顔を上げた。その顔の中の瞳には、意志がなく暗い影が宿っていた。次の日も、少女は、同じ位置に座っており、キャンバスに絵を塗り込めていた。
「何か、気になる?」
少女は、僕が覗き込んでいるのに気がつくと、そう返してきた。いつも、キャンバスの端から端まで、塗り込めている。僕は、少女が、何を描いているのか、気になって聞いてみた。
「もう、忘れたの?」
聞くと少女は、僕の事を知っていると言う。僕は、いろいろ思い返しても、思い出せる事は、なかった。
「そうよね。あたなは、周りの事なんて、何も、見えていなかった。見ようとしなかった」
少女は、そう言うと、僕に手元にあったバックを投げつけてきた。
「やめろ!」
僕は、思わずバックを払い退けると、バックに下がった何かが、手に当たり、角度が悪かったのか、指先が裂けて、鮮血が飛び散った。小さな小さなクマのぬいぐるみが揺れている。
「ほら・・・どうしてか、思い出した?」
少女は、雪華と言った。僕が、周りも見なくなってしまった理由。僕が、生きる意味を失った理由。
「本当は、僕が逝くべきだったんだ」
僕が生きる意味を失ったのは、君を亡くしたから。幼い日々を過ごした僕らは、ずっと一緒だと思っていた。それなのに、僕は、内緒で、川に泳ぎに行ったあの日、君を見捨てた。
「雪華!」
飛ばされた帽子を拾おうとして、川に入った君は、溺れた。僕は、助けに人を呼びに行った。確かに。確かに呼びに行った。
「そうだよね・・・確かに、呼びに行った」
バックに下がってたはずの小さなクマのぬいぐるみが、今、僕の目の前に、座っている。
「雪華は、溺れたんじゃない」
そう言った。
「君が一番、わかっている。君が、呪ってるのは、自分なんだ。君が一番、知っているからね」
雪華の背負ったリュックに下がっていたぬいぐるみ。よく似ている。目の前の君と。
「やっと、見つけたよ」
キャンバスに塗り固めていたのは、僕の過去。そろそろ楽になれるかな。
殺意を持ったのは、君のぬいぐるみだった 蘇 陶華 @sotouka
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