ヤマト、1日先生になる

第213話 1日先生企画の話合い

「お兄ちゃん。園長先生って今日来るんだよね?」

「うん。多分そろそろだと思う……」


園長先生から1日先生依頼のダイレクトメッセージを貰ってから1週間がたった。

依頼に関してはメッセージを貰った翌日に了承した。


今回の依頼、僕の方は断る理由はない。むしろ最近保育園の方に行けてなかったため今回の話はありがたい。


今日はその件の話合いのために園長先生とカメラ局の人がやってくる。


暫くリビングで待っていると、我が家のチャイム音が鳴る。

来夢が対応してくれているため、僕は椅子に座って待つ。


「こちらになります」


扉が開き来夢の手招きで園長先生と見知らぬ男性がリビングに入ってきた。


「ヤマト君、お久しぶりです」

「お久しぶりです、園長先生。それで、そちらの方が……」

「初めまして。ディレクターの島内です。本日はお時間をいただきありがとうございます」


取り出された名刺を受け取り、どうすればいいのかわからないのでとりあえず机の上に置いておく。


「すみません。こういう場での礼儀に関しては詳しくないので……、間違えてしまったら申し訳ございません」

「いえ、お気になさらないでください。私もそこまで気にしない人間ですので」


礼儀に関しては了承を貰えたので、一先ず話をするために椅子に座るように催促する。

2人が座ったのを確認してから僕も椅子に座る。


「早速今回の件についてなのですが、神無月さまには“Vtuber”の神無月ヤマトとして1日先生をしてほしいと思っています」


Vtuberの部分を強調してきたところを見るに、今回はコスプレをする必要がなさそうだ。

でもそれだと疑問に思う部分もある。


「Vtuberとして先生をすることは分かりました。でもそれだと園児と直接かかわることができないのでは?」

「それは……」


島内さんは少し言いよどんだ様子で園長先生の方に視線を向ける。

その視線に応えるように園長先生が口を開いた。


「ヤマト君。今回の件は私たち園の職員で提案したの」

「先生方が?」

「ええ、園児たちはヤマト君と直接遊びたいって声があったわ。でも、園児たちに今のヤマト君のしていることを知ってもらういい機会なんじゃないかと思ったの」


園長先生が言っていることの意味はなんとなく分かる。

実際Mytuberの動画を見る園児はたくさんいるかもしれないが、Vtuberの動画を見ている園児なんて全国でも一握りしかいないと思う。


「ヤマト君の配信って午後8時以降が多いでしょ? その時間帯だと最近の園児は寝ている子が多いの」

「確かにVtuberの配信は深夜帯が多いですね」

「だからこの機会にヤマト君の今している仕事を園児たちに見てほしいの」

「分かりました」


そのような思惑があるのなら断ることはできない。

子供たちと直接かかわることができないのは残念だが、今僕がしている仕事を知ってもらうにはいい機会だ。


「……でもそうなると、子供たちと遊ぶ内容を少し考えないといけませんね」


Vtuberとして参加するのであれば、鬼ごっこと言った激しく動く遊びができない。

子供たちにとってたくさん動くことは仕事と言っても過言ではないので、それができないのは少し痛い。


「因みになんですが、今回の1日先生っていつも通りお昼寝までですか?」

「あー、Vtuberとしては今回が初めてだから分からないけど、今まで通りならそうなるわね」

「えーっと、それはどういうことなんでしょうか?」

「はい、実は僕が保育園で園児たちと一緒に遊ぶのって園児たちがお昼寝しているまでの間なんです。起きている時間に帰ろうとすると、なぜかみんな泣き出しちゃうので」

「最初のころは大変だったわよね~」


今でも思い出す初めて保育園に遊びに行った時の事。

早いうちから園児と打ち解け、みんなと一緒にお昼寝をした後、一緒におやつを食べて帰ろうとしたとき、なぜかみんな泣きながら僕の手足をがっちりつかんで、結局最後の1人の子の親が迎えに来るまで家に帰れなかった思い出。


「我々の今回の撮影はおやつまでの時間になっているのですが、その時間に神無月さまはもういないのですね」

「そうなりますね」


島内さんはノートにそのことを書き留めていた。

ちらりとノートを見ることができたが、ものすごい量の文字でびっしりのノートだった。


「……分かりました。こちらとしては撮影終了後に神無月さまへのインタビューも考えていたのですが、園児たちが眠った後にインタビューでもよろしいでしょうか?」

「全然大丈夫ですよ。むしろ僕のために予定を変えてくださりありがとうございます」


本当にこればかりは島内さん側に対応してもらうしかないので、すぐに予定を変えて報告してくれるのは助かる。


「それじゃあ次にヤマト君が1日先生の時に園児たちと遊ぶ内容について話しましょうか」

「ですね……」


実はこれが一番大変だったりする。

僕が実際に遊びに行った際は、サッカーや遊具遊び、鬼ごっこにかくれんぼと言った体を思いっきり動かす遊びばかりをしていた。


「Vtuberの状態でもできそうなのは……今のところかくれんぼ、ですね」


かくれんぼはたくさん動き回るが鬼は僕がするので、移動を他の先生に手伝ってもらえれば問題ない。


「……だるまさんが転んだ、などはどうでしょうか。これなら神無月さまが動き回る必要はあまりありませんし、『だるまさんが転んだ』と言っている間、神無月さまが目を瞑っていれば振り返るといった動作も必要ありません」

「それいいですね!」


島内さんの提案のおかげで、かくれんぼとだるまさんが転んだが僕の中で確定した。


だけど、そこから先なかなかアイデアが出てこない。

Vtuberとしての参加じゃなければたくさん出てくる。


だが今回はVtuberとしての僕を知ってもらうために先生をする。

そもそもVtuberを知ってもらうには、実際に動かしてもらうのが一番……、


「…………あ!」


考えて園児たちと何をすればいいのかが分かった。

むしろ動じて今まで思いつかなかったかが不思議でならない。


「どうかなさいましたか?」

「せっかくの機会なので園児たちにもVtuberを体験してもらです!」

「Vtuberを体験……なるほど、そういうことですか。確かにそれは面白いかもしれません」

「でも機材とかはどうするの? 流石にそれは保育園でも用意できないわよ」

「園長先生。機材の方は私がするので安心してください」


お茶をつぎに来ていた来夢が話に入ってきた。


「ライちゃん……。それならお願いするわね」


来夢がしてくれるのなら安心できる。

これでVtuber体験の方は問題ない。


「あと一つは何かしたいわね。……」

「そういえば、お昼寝時間にする子守歌は今回もしますか?」

「そうね。してくれるとありがたいわ」

「分かりました」


僕の子守歌は寝つきの悪い子でもすぐに寝てしまうとなかなか好評だ。

園児たちに声のお兄ちゃんと呼ばれている所以はそこからも来ている。


だが、これでは今考えている問題の解決にはならない。


「……今は思いつきそうにもないわね」

「ですね」

「では、今後お互いに考えていくというのはどうでしょうか。神無月さまが考えついた際は斑鳩園長先生の方から私の方にご連絡ください」

「分かりました」


どうやら今日の話し合いはこれで終わりそうだ。


「最後に神無月さま。今回の撮影映像に関して、Mytubeの方でも動画を投稿したいのですがよろしいでしょうか?」

「あ、私の方も園でトリッターを始めようって動きになってるんだけど、その際にヤマト君のことを書いてもいいかしら?」

「ええ、どちらも大丈夫ですよ。かわりと言ってはあれですけど、僕の方も今回の事配信で話してもよろしいでしょうか?」

「私は大丈夫だけど……」

「そうですね。できれば撮影が終わった後であればこちらとしても大丈夫です」

「分かりました」


2人を玄関まで見送ってからソファで横になる。


最後に了承したことが、今後の人生を大きく左右させることを僕はまだ知らない。


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