第141話 姉弟


「成功祝して、もういっちょ、かんぱーい!」

「いえーい!」


すでに15回目の乾杯の音頭。


最初は皆食べ物を食べていたけど、30分もするとお酒をたくさん飲み、ほとんどの人に酔いが回り始めていた。


参加したメンバーの中でお酒を飲んでいないのは20歳を超えていない僕とハリンさんのほかに、フータさん、ミランさん、リオンさん、リューティーさん、パポピさんの7人だけ。


それ以外のメンバーと社長さんは焼酎やビールを飲んでいる。


特に勢いがやばいのは平八郎さんとはるかさんの2人。


平八郎さんは5分に1回は焼酎を頼むスピードで飲んでいる。


はるかさんはそこまで頼んでいないけど、焼酎に一切なにも入れずに飲んでいる。

何も入れないことをストレートと呼ぶことは僕でも知っているけど、それがどのくらいヤバいかというのはあまり知らない。


たくさん飲む平八郎さんですら氷を入れたり、水を入れて飲んだりしているくらいだからかなりヤバいんだとは思うけど、はるかさんは一切顔色を変えず雰囲気も全く変わっていないせいでどのくらいヤバいかがまったくわからない。


「ハリンちゃん、飲んでる~?」

「め、めぐるさん。私まだ19なので飲めませんよ。さっきも言いませんでしたか?」

「え~、そーだっけ? あっはっは! じゃあもうすぐ20だ!」

「私3月なのでかなりあるって、さっきも言いましたよ」

「それじゃああと…………何ケ月でお酒飲めるか忘れた! あっはっは!」

「う、うざい……」

「ごめんね、ハリンちゃん。めぐるさん、これ以上は迷惑になるので端に行きますよ」


ハリンさんがかなりウザがっている。

めぐるさんは完全に酔っているようで、ハリンさんにこのようにからむことすでに5回目。


近くにいたキラリさんに連れられ、部屋の隅へと運ばれていった。


「へい、弟分!」


めぐるさんが去っていったかと思えば、今度はドラゴンさんが上半身裸でやってきた。


……なんで裸で!?


あまりにもがっちりした筋肉に見とれてしまいそうになる!


って、弟?


「あの、弟分って……」

「もちろん、ヤマトのことだぜ、嫌か?」

「いやじゃないです!」


ドラゴンさんの弟分。

……悪くないかも!


「ちょっと待った、ドラゴン! ヤマトは私のものだぞ!」


ドラゴンさんの反対側に引っ張られ、その腹筋に顔を抱き寄せられる。


「ひ、光莉さん、離してください」

「私の腹筋は嫌か?」

「嫌じゃないです!」


固くなく柔くもない筋肉は顔をうずめるにはちょうどいい心地よさだった。


「光莉先輩、未成年を襲うなんて犯罪ですよ?」

「何を言ってるんだドラゴン。弟とのスキンシップは普通だぞ?」


弟って僕のこと?


「あんたこそ何言ってるんですか? ヤマトは俺の弟ですよ?」

「私のだ!」


ドラゴンさんと光莉さんの僕の奪い合いが始まってしまった。

配信でいつも奪い合われている僕だけど現実世界でも奪われるなんて、……なんか微妙に嬉しい。


光莉さんに抱き寄せられていたけど、今度は背中の方に引っ張られる。

背中に感じたのは今日の朝に触った腹筋。

頭に柔らかい感触。


絶対に後ろを振り向いてはいけないことを僕はすぐに理解した。


「そんなに喧嘩するんだったらボクがもらうよ」

「ずるいですよ社長!」

「そうだよ、かおりちゃん。こればかりは譲れない」


助けに来てくれたかと思ったらまさかの第三者の参入。


今筋肉ハーレム状態で微妙に嬉しい。

配信とは違い実際に感じれているものだからなおのこと。

でも、現実だからこそなかなか止めてくれる人が現れない。

だったら……。


「喧嘩はしないでください! 僕は皆の弟ですよ」


僕が止めの役になればいい。


案の定、3人は喧嘩はやめてお酒を飲み始めた。

そしてなぜか、3人とも僕のお皿にどんどん食べ物を乗っけてくる。


「しっかり食べないと俺みたいになれないぞ!」

「野菜もしっかり食べるんだぞ。健康にいいからな」

「お米を食べようね。体作りはタンパク質から!」


これだとお兄ちゃんお姉ちゃん、というよりも親戚のおじちゃんおばちゃんに思えてしまう。


「そうだ。一つ聞きたいことがあったんですけど……」


これ以上お皿に食べ物を乗せられると、食べきることが出来なさそうだったので話題をそらすことにした。


せっかく遠くにいた社長さんが僕の近くまで来てくれたし、気になった要因のミランさんとリオンさんが気まずそうな顔で僕の前にいる。


今聞くほかない。


「どうした? ボクで答えられることならなんでも答えるよ」

「ミランさんとリオンさんってもしかしてですけど実の姉弟ですか?」


その質問をした瞬間、前の2人の表情が驚きに変わり僕の方を見てくる。


「ほぉ、どうしてそう思ったんだい?」

「あ、いえ、2人とも不仲って言われている割にはところどころ共通点があるんですよね」

「例えば?」

「まず、お酒が飲めないところが一つ。二人とも握りこぶしを作るときに親指が中に入るのが一つ。リオンさんを見ていると辛い食べ物を食べていないことから察するに、辛い物が苦手という点が一つ。あと、お二人とも左利きという点が一つ、ですね」

「それだけじゃ2人が兄妹って言うのはおかしいんじゃねぇか? 確か光莉先輩って矯正するまでは親指が内側に入ってましたよね?」

「ああ、ついでに言うと私も左利きだ」

「お酒だってフータ先輩やリューティー、パポピも飲めないぜ?」


確かに、ドラゴンさんと光莉さんの言っていることは正しい。

血がつながっていなくても、2人の特徴と合う人なんてこの世界にはたくさんといると思う。


それでもこの二人が姉弟なんじゃないかという疑問は、正直なことを言ってしまうと今日のクイズ大会から始まる前から確信があった。

さっき言った特徴はあくまでも確認。


何より、社長さんが黙っているのが決定づけている。


「ヤマト君。そう思った根拠とかは他にありますか?」

「あ、はい。今日の控室でミランさんが僕の飲み物をリオンさんのものと思って間違えて飲んじゃったじゃないですか」

「あー、あったな。正直私は2人の不仲説を知っていたからドキドキしたぞ」


ウザがらみから解放されて一息ついていたハリンさんが話にはいてくる。

これで僕の話には事実性が増した。


「その時ミランさん、誰のか知りませんが、って言っていたのに僕のと知ったときにかなり驚いてたんですよ」

「……確かに驚いてた!」

「あー、確かにそれは少しおかしいな……」

「ドラゴンと同意」

「……」


ドラゴンさんと光莉さんも違和感を持ってくれた。

社長さんは未だに黙ったまま。


「後、いつも敬語のリオンさんが、その時だけため口になったんですよ」

「ん? それって怒ってたら誰でもため口にならないか? 俺は年上に起こったことあまりないから分からないけど」

「まぁ、そうかもしれませんけど、ため口が出てしまったってことは素のリオンさんが出たということなんですよ。それでその時、一瞬『ねぇ』といってたんですよ」

「……つまりどういうことだ? バカの俺でもわかるように説明してくれ」


ドラゴンさんは頭を押さえながら考えているけど、多分僕とリオンさん、ミランさん、そして全て知っているであろう社長さん以外は分かっていないと思う。

僕の話に興味を持って集まってきていたごろろっくメンバーたちもはるかさん以外は頭を悩ませている。


普通に聞けば、ただの会話に聞こえるから。


「その時にリオンさんが言ったのは『ちょっ!? ねぇ、それ今日のゲストの人のなんだけど!』です。『ねぇ』があるせいで少し言いづらいですけど、この『ねぇ』が僕の予想通りの言葉だったらこういう風になります」


『ちょっ!? 姉さん、それ今日のゲストの人のなんだけど!』


『ねぇ』が言いかけで実は『姉さん』だった場合少し言いやすくなり、『ねぇ』という言葉を使った事理由が判明する。


多分野球観戦に行っていなかったら普通の言葉だとして、僕でも気づかなかったと思う。


僕の話を聞いて、ドラゴンさんを含む全員が理解したようにリオンさんたち二人を見る。


「リオンくん、ミランちゃん、もう言ってもいいんじゃない?」


はるかさんの言葉に全員が注目する。


「え、はるかは知ってたの?」

「うん。ミランちゃんから個人的に相談受けてたからね。私以外にもかおりさんが知ってるよ」

「うん。ボクも知っていたからね。ただ勘違いしてほしくないのは、偶然こうなってしまったということだけなんだよ」

「はぁ、私から話しますね」


今まで黙っていたミランさんがようやく口を開いていた。

全員すでに興味津々。


「簡単に言うと、リオンがデビューした時、私はそれが弟だということを知りませんでした。要するに不仲説通りの状態です。ただ、状況が変わったのは6月に入ったころですね。ようやくリオンの正体がわかって、2人で話し合いすべてを知っている社長とはるか先輩に相談したんです。ただ、今思うと社長に相談したのは絶対に間違いでした!」

「え、ボク!?」


途中まで真剣な話だったのに、最後の言葉で全員僕の後ろにいる社長さんに視線が行く。


「はるか先輩は真剣に相談に乗ってくれたのに、社長と来たら何と言ったと思います? 『不仲説ねぇ。これ、配信で使えないかな。……そうだ! 1年後に関係リセット配信とかしたら盛り上がるんじゃない?』と言われ、余裕がなかった私たちはいい案だと思いました」

「いいと思わない? もともと仲のいい2人なんだから絶対にうまくいくっていう自信があったんだけど!」


確かに、そういう配信はファンの方からしたら見てみたいかも。


他のメンバーも「これのどこが社長のせいなんだ?」という疑問を浮かべた表情をしている。


「ただ、その時にもらったアドバイスが、『メンバーにばれたらどこから情報が出てしまうかわからないから、みんなには内緒な。え、はるかに話した? じゃあはるかにも口止めしといて』これのせいで、皆さんに多大な迷惑をかけてしまったんですよ! どうしてくれるんですか!」


それを聞いた瞬間、全員社長さんに冷たい視線を向ける。


確かに、2人がいるだけで控室には緊張が漂っていた。

この話を聞いた今ならわかる。


多分、全員これまでの緊張を返せ! って思いだって。


「よし、とりあえずリオン君とミラン君は近いうちに関係修復の配信をしよう。さすがにかおりさんの考えた1年は長すぎる! そして、この場にいるみんなは今日の話は外部に漏らさない様にね。かおりさんの案はなかなか面白そうだったし、ファンの皆さんもにおわせとかない方がドキドキしながら関係修復配信を見ることができると思うから。そして、今日の打ち上げ費は会社からの予定だったけど、これまでの責任として、かおりさんの自腹で、みんな、気が済むまでたくさん食べよう! 2人の不仲解消を祝して、乾杯!」

『かんぱーい!』

「じ、自腹っ!?」


フータさんがいいことにまとめてくれたおかげで、全員楽しそうにお酒を飲み始めるが、社長さんだけは自腹と聞き、一人うなだれる。


そのすきに僕は社長さんから離れ、他のメンバーとの交流を楽しんだ。



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