第99話 神無月嵐子の胸の内


私、水無月嵐子には優秀な姉妹が二人いる。


1人は水無月時雨。

私の姉にして、獅喰蓮という名でMytuberとして動画配信者の活動をしている。


お姉ちゃんは昔から優秀で、テストでは常に満点。

言ってしまえば勉学においてお姉ちゃんの右に出る人はいなかった。


更に、配信者としての企画力や編集能力も抜群で、Mytuberとして活動し始めて今年で7年目に突入する。

現在のチャンネル登録者数は600万人とのことで、これについては私も最近知った。


もう一人は妹の水無月太陽たいよう

お姉ちゃんとは違って勉強はそこそこだけど、運動神経に関しては右に出る人はいないと私は言い切ることができる。


それほどに太陽の運動神経は人間離れしていて、幼稚園児の時はサッカーの大会で全国優勝と最優秀選手に輝き、小1にはソフトボールで、小2ではドッチボール、小3に体操、小4でバレー、小5のころはバスケットボール、小6に陸上で全国を制覇している。


中学に入ってからは部活をせずに遊ぶことに力を入れてるみたいだけど、東京に住んでいるときは家と家の壁を使って屋根に上ったり、マンションのベランダを使ってクライミングをしたりと、最近では人間離れの運動をするようになり始めた。


そんな優秀な姉妹の間に生まれた次女の私はというと……人に誇れるようなことは何もない。

強いてあると言えるとしたらゲームのセンス。


これだけはお姉ちゃんにも太陽にも負ける自信はない。


だけど、周りの大人たちはゲームの腕前なんて全く見てくれない。

昔から勉強に関してはお姉ちゃんと、身体能力に関しては太陽とよく比べられてきた。


よく言われた言葉は「この問題、お姉さんだったら解けたのにね」「妹さんならこの程度笑いながらこなすわよ」などなど。


私が配信活動をしながら食べていきたいと両親に言った時も、


『時雨は成績がよかったし失敗したとしても再スタートできそうだから認めたけど、お前(嵐子)は成績もよくないし、失敗したとしても再スタートできないだろうからダメだ』


と一度断られてしまった。


まぁ一年間浪人したら認めてくれたけど!


私は姉妹の二人が大好き。

それでもお姉ちゃんや太陽と比較されることがものすごく嫌い。


だからまずはこの二人に負けない何かを手に入れようと思った時に、配信活動をしてお姉ちゃんを超えようと思った。


だけど、お姉ちゃんとは違う路線で勝ちたいと。

お姉ちゃんにできないことで勝ちたいと。


そんなときに私は彼のことを知った。


彼の名前は神無月ヤマト。


大女優、神無月撫子の実の子供にして、相当なバカ。だけどたったの数週間でチャンネル登録者数を10万人突破したというVtuber。


配信は見たことがなかったけど、切り抜きを見て高校受験に失敗するほどの馬鹿ということを知ったときに、「私にもできる!」と思ってしまった。


そう思った時にはすでに体が動いていて、すぐにVtuberになるには何が必要かを調べ、モデルだけでも数十万は軽く超えるって知ったときは少し絶望したけど、ギャイお姉ちゃんに必要な機材を借りて下手ではあるけどモデルは作れた。


機材に関しても貯金をはたいて買い、お姉ちゃんを超えるための活動をスタートさせた。


最初はお姉ちゃんが宣伝しようか、と手を貸してくれようとしたけど、これに関してはお姉ちゃんの手を借りずにやりたかったから断った。


ワクワクしながら始めたVtuber活動だったけど、当然思ったようにいくわけもなく、登録者は家族を覗けば0人。


コメントにも『ゲームの腕はいいんだけどね、それ以外が変』『絵が下手』『Vtuberなめてんの?』と言ったアンチコメントが多かった。


誹謗中傷がなかったのが不幸中の幸い。


だけどあまりにも出ない成果に私の心はズタボロに壊れ……ることなんて全くなかった。


だって、その程度これまでお姉ちゃんたちと比較されてきたことに比べれば何てことないもん!


ただ、思った以上に成果が出ないのはさすがに悔しかった。


そんなある日、私と太陽は両親と一緒に東京を離れ宮崎で暮らすことになった。

最初は面倒くさかったけど気分転換になると思い受け入れ、引っ越すことに。


そこで私は運命的な出会いをする。


名前は久遠保仁。

初めて会った時は、私のことを小学生扱いして生意気な子供だと思った。


まぁ私の年齢を知った後はしっかりと年上扱いしてくれたからよかったけど!


そして、彼こそがあの『神無月ヤマト』であると手伝いに来てくれていたお姉ちゃんが教えてくれた。


それを聞いて、声や高校に行っていない理由がヤマトと一致することにようやく気付くことができ、更に現在新人Vtuberナンバー1のヤマトがお姉ちゃんを超えるためにアドバイスをくれることになったとき、これは運命だと思った。


だけど、保仁がくれたのはアドバイスではなく、私の配信でダメなところ。

そして、それはしっかりと核心ついていて私は言い返すこともできなかった。


更に、本来はアドバイスだけだったはずなのに、出てきたのはヤマトの初配信を見返して、どのシーンが台本のセリフかを見つける課題。


課題と聞いて学生時代が一瞬よみがえったけど、お姉ちゃんを超えるためと思ったらすぐに忘れることができた。


最初は数を出しながら、何処がダメかを覚えていく。

それの繰り返しでやっていたけど——


「……うん。50点ですね」

「あぁ!? 今回は自信が会ったのに! 今度はどこがダメだったの!?」

「はい、最初の部分はある程度問題ないです。ですが後半部分。質問のところとかですね。これに関しては全部が全部アドリブ、というわけではありません。この中のいくつかはあらかじめ来ることを予想してメモを作ってましたね」


このように、なかなか50点を超えることはできなかった。


保仁は課題を渡すたびにダメなところを教えてくれるけど、そこを直して課題を出してもすぐに新しくダメなところを教えてくれる。


そんな時、ふと疑問に思ってしまった。


「本当にこんなことしてて台本作成能力が上がるの?」


だって、台本を作るなら実際に作って手直しをもらった方がいいに決まってる。

だけど保仁はそれをしようともしない。


だけど、保仁は私よりも私のことを考えてくれていた。


「確かに何かを身に着けるのに対して実践に勝るものはありませんが、身に着けるに対しても土台をしっかり作らないと意味がありませんからね。では再びお願いします」


保仁の答えを聞いたとき、ようやく私は今回の課題の狙いが分かった気がした。


と同時に、数をこなせばいいという考えも一瞬で無くなった。


その日はこれ以上課題を出さずに終え、家に持ち帰ってから課題をすることにした。


「あれ。嵐子ちゃん。何してんの?」


そこにいたのは私の妹の太陽。

家に帰ってすぐにお風呂に入ったみたいで、すでに制服姿じゃなくなっていた。


相変わらず男の子みたいな体つきに小さい胸ね。


「太陽。これは課題よ。私が最高のVtuberになるために」

「時雨ちゃんを超えるって言うあの?」

「そうだけど。何か問題でもある?」

「ないよ。それにウチ、嵐子ちゃんならできるって思ってるし」

「喧嘩売ってんの?」

「本気だって! だって嵐子ちゃん、うちら家族の中で一番負けず嫌いじゃん。絶対超えるまで配信してるよ」

「ありがと」


太陽は昔から私のことをよく見ててくれて、よく私のことを応援してくれる。

だから嫌いになんてなれない。


……もしかしたら太陽ならこの課題のヒントが分かるかも。


「ねぇ太陽。あなたって神無月ヤマトの配信見たことあるわよね」

「来夢ちゃんのお兄ちゃんの? 一応来夢ちゃんに進められて見たことはあるけど」


太陽が仲良くなった来夢ちゃんって子は保仁の妹らしく、何でも最初にできた親友だとか。


「それでなんだけど、太陽はヤマトの初配信を見て台本とアドリブの違いとか分かった?」

「うーん。……私配信のことに詳しいわけじゃないからなぁ。あ、でもヤマトさんの配信に流れがあるのは分かったよ」

「流れ?」

「うん。スポーツの世界でも流れって言うのはあるんだけど、それが分かった感じかな。特に初配信では最初から自己紹介のところと、配信の時の募集した最初の2つの質問は完全にヤマトさんの流れだったなー」

「それって!?」


それって保仁が台本を使っていたところなんじゃ……。


でも配信中に募集する前にトリッターで募集した質問もあったはず……。

ってことは、トリッターで募集した質問に関して選びはしたけど、答えるときはアドリブだったってこと!?


……保仁ならその可能性もありそう。


多分。答えをメモせずに頭の中ですぐに考えたとか、そんな感じ。


だから流れっていうのに敏感な太陽でも気づかなかったのかも……。


「それにしてもよかったね、嵐子ちゃん」

「ん?」

「これで嵐子ちゃんの目標に大きく近づくかもしれないんだよね! だったらよかったじゃん!」

「……うん。そうだね」


あれ?

何だろう、この違和感。


これでいいはずなのに、このままだと何かがダメな気がする





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