ゴールデンウィーク!!!!
第67話 朝の逆凸
「………………」
目が覚めて最初に感じたのは体が何かに締め付けられる感覚。
横を見ると、未だに気持ちよさそうに眠っているレベッカさん。
窓の外からは薄明るい光が部屋に入ってくる。
昨日、配信が終わって、レベッカさんと一緒に寝たのは覚えている。
覚えているけどどうしてこうなってるんだろう。
レベッカさんの右手右足は覆いかぶさるように僕の体と足の上に載っていて、左手と左足は首の下と足の下に敷かれてある。
要するに完全に抱きしめられた状態で動くことができなくなってしまっている。
「……重い」
こんなことをレベッカさんが起きた時に言ったら怒るかな……。
怒るだろうなー。
何とか左手だけは取り出すことができたので、枕元に置いてあったレベッカさんのスマホを握り、時間を確認する。
「……朝の6時。僕が寝たのが1時半くらいだから……約4時間寝てたんだ」
二度寝しようにも、夜の時とは違ってレベッカさんを完全に意識しちゃってるから眠れそうにない。
上を眺めているのも時間がもったいないし、どうしたものか。
普通に考えれば、レベッカさんを起こしてどいてもらえればいいんだけど、気持ちよさそうに寝てるし起こせそうにないんだよね。
腕と足を持ち上げてそのすきに出ようにも、左手は何とかなったけど右手は抱き着かれているせいで全然動かせない。
左手だけでレベッカさんの腕を持ち上げるなんて僕にはできないし。
あれ、これ詰んでない?
解決策が見つからず、諦めかけたその時レベッカさんのスマホから着信音が鳴り響いた。
「……んん、なにぃ~?」
着信音が鳴ると同時にレベッカさんは起きたみたいで、僕に乗っていた右手でスマホを取る。
これで右手はなくなった! 起きれる!
そう思った瞬間、今度は左手でレベッカさんの方に抱き寄せられ、完全に抱き着く価値で捕まってしまう。
「あの、レベッカさん」
『おはようございまーす!』
レベッカさんが耳に当てていたスマホから大きな声が響く。
寝ぼけてスピーカーにしてしまったみたい。
にしても今の声って、ガーデンランド2期生の……。
「もしもしぃ」
『お、レベッカ! おはよう!』
「おはようございます。ラノ先輩」
やっぱり!
聞いたことある声だと思ったら『ガーデンランド』2期生の竜田ラノさん。
ガーデンランドの2期生は全員恐竜で、竜田ラノさんはティラノサウルスが人間界に転生した、という風になっている。
因みにこの人は『非常識組』の人で、理由はガーデンランド内に数人ガチ恋勢を作ってしまったから。
因みにオレっ子で、男性っぽさがあるけどれっきとした女性ライバー。
そして、ガーデンランド内で最もいじられやすい子でもある。
『レベッカ、実は『アポなし逆凸朝活配信』って言う企画でオレ配信してるんだけど……』
「……ちょっと待ってください。おはようヤマト。きつくなかった?」
「いえ、大丈夫です」
僕のことにも気づいてくれたみたいで、足を上からどけてくれた。
これで抜けられると思ったら、なぜか左腕だけは僕を話してはくれていなかった。
「ヤマト、私の声を出して。お願い」
それだけを言い残し、レベッカさんは声のチューニングを始めた。
……え?
急にスマホを渡されても困るんですけど。
と、とりあえず挨拶だけはしておこうか。
「『み、皆さんオッハー! レベッカ・カタストロフィーだよ!』」
『オッハー! レベッカって最初から起きてた?』
レベッカさんの声のチューニングはまだ終わってないみたい。
朝だから、調子が上がらないのかな?
とりあえず終わるまで会話つないでおこう。
確かレベッカさんって後輩に対してはため口だったけど、先輩に対しては敬語を使ってたよね?
「『えーっと、さっきまで寝てたんだけど、寝ぼけてスマホを取ったらスピーカーになっててラノ先輩の声で起きました』」
『じゃあオレの声がレベッカの目覚ましボイスになったってことか?』
「『そうですね』」
『えーっと、レベッカって昨日の夜遅くまで耐久配信してなかったか?』
「『見てくれたんですか?』」
『オレの配信が始まるまでな。あと、朝から朝活あったから最後までは見てないけど。確か個人勢の子とオフコラボだったよな。結局何時に終わったんだ?』
「『はい。1時半に終わってそれからすぐに寝ましたね』」
『え、じゃあ5時間も寝てないじゃん。起きて大丈夫なのか?』
と、このタイミングでレベッカさんは声のチューニングが終わったみたいで、口を人差し指で塞がれた。
「あ、ラノ先輩おはようございます~」
『何言ってんだ? さっきまで会話してただろ?』
「実は今の声、私の声じゃなくて昨日一緒にコラボしたヤマトの声なんですよ」
『……は? いやいやいや。間違いなくレベッカの声だっただろ!』
やっぱり最初だと信じてもらえないよね。
だったら、これで行こう。
「『初めまして、竜田ラノさん。オレの名前は神無月ヤマト。Vtuber1の執事だぜ』」
『……え、私の声なんだけど』
「『私?』」
『え、あ、私って言っちゃったじゃねぇか! ってか、は? どうなってんの?』
「やっぱりラノ先輩の口調崩れましたね」
『ちょ、レベッカ、説明しろ!』
「それはヤマトの初配信見ればわかりますよ。せっかくなのでヤマト、ラノ先輩のことを可愛い声で自己紹介してあげたら?」
『はぁ!?』
「いいですねそれ。それでは『みんな~、おはようございま~す。私はみんなのアイドル竜田ラノ。最強の恐竜ティラノサウルスだよ! 私のファンにならない人間みんな食べちゃうぞ~!』……どうですかね?」
「いいと思うよ! 最高に可愛かった!」
「ならよかったです」
ラノさんの配信は何回か見たことあるけど、可愛いという要素はあんまりなくてかっこいいって感じだったからなー。
即興でやったけどなかなかの好評でよかった~。
『全然よかねぇよ!? ……はぁ? 「さっきのラノちゃんの方が好きかも?」何言ってんだ! 「本物の方のラノちゃん。さっきの自己紹介してください」しねぇよ! マジで、コメントがいろんな意味で荒れてんだけど!』
「よかったですねラノ先輩。これでファンがもっと増えてくれますよ」
『嬉しくねぇよ! 「今の自己紹介でファンになりました。これ、ぜひ収めてください」自己紹介オレじゃねえし! でも赤スパありがとうな!』
「それじゃあ私たちはそろそろ朝食にしようか」
「それ作るの僕ですよね。まぁいいですけど」
「ということでラノ先輩。私たちこれで失礼しますね」
『おう、ありがとうなって、おいヤマト! 逃げるな!』
「ラノ様! お疲れさまでした」
そのままレベッカさんは通話を切った。
ナイスタイミング!
僕はあんまり人をからかうタイプじゃないけど、今のは少し楽しかったかな。
これがガーデンランドで有名な『ラノ虐』。
「あんなにいじっても大丈夫だったんでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ。ラノ先輩も慣れていると思うし。でも心配だったらメッセージ送っとく?」
「お願いします」
流石に初対面であの態度は失礼だったよね。
少し悪ノリが過ぎちゃった。
今度会うことがあったらその時にもう一度謝っておこう。
「レベッカさん。朝ご飯はどうします?」
「あるものでお願いできる?」
「分かりました」
昨日冷蔵庫を見た感じ、残り物で作れそうなのは目玉焼きとご飯くらいなんだよね。
それに卵に関しては今日が期限ぎりぎりの日だったはず……。
ご飯を研いだ後に炊飯ジャーに入れて早炊きで設定。
炊いている間に目玉焼き作っちゃおう。
フライパンに火を通して、卵を中に落す。
片面を焼いているうちにもう片面の方に塩コショウを振りかけて、ちょうどいいころ合いになったらひっくり返す。
本当はウインナーと合わせて食べたいんだけど、流石にそれはなかったから仕方ない。
「……そろそろいいかな。これをお皿の上にのせて、次の目玉焼き作らないと」
卵の残り個数は三個。
多分レベッカさんが料理することはないと思うから、せっかくだし全部目玉焼きに使っちゃお。
ご飯が炊けるまでそこそこ時間あると思うし、1枚ずつで問題ないよね。
早炊きを初めて約30分。
目玉焼きを4枚焼き終えると同時に、ご飯の方も炊きあがった。
「レベッカさん。ご飯できました」
「はーい。ヤマトの洗濯物まとめといたよ」
「ありがとうございます。それじゃあ食べましょうか」
「いただきます。……うん、おいしい!」
「よかったです」
目玉焼きは全部塩コショウをつけて両面焼きだったので、レベッカさんがケチャップ派や醤油派だったらどうしようかと思ったけど問題なくてよかった。
ご飯の方もしっかりたけており、おいしくできていた。
「ヤマト、今日は何時に帰るの?」
「さっきスマホ見たら兄さんに10時までには帰ってくるように言われたので、食べ終わったら洗い物してすぐに出ようかと思います」
「そっか。洗い物はできるから食べ終わったら帰る準備してもいいよ」
「本当にできるんですか?」
「できるよ! 洗い物ぐらいはさすがにね」
うーん、少し心配だけど洗い物している間は荷物をまとめてると思うから何かあったら僕が行けばいいよね。
「2日間ありがとうね。とても楽しかったよ。部屋もきれいになったし」
「僕も楽しかったのでありがとうございます。でも、部屋に関してはしっかり片づけはしてくださいね」
「分かってるよ!」
そう言えば、僕が家族以外の誰かと二人っきりでその家に泊まるっていうのは初めてかも。
ということは人生初の外泊が終わりに近づいているってことか。
この2日間、本当に楽しかったなー。
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