第二章 僕って新人ですよね?

第12話 感謝


初配信を終えた翌日。


僕はというと、これまで見れていなかったドラマの情報を漁っていた。


「お兄ちゃん。日曜日の真昼間からソファに寝転がって何しているの?」

「あ、来夢。母さんの出ているドラマってなんてタイトルだっけ?」

「……めずらしいね。お兄ちゃんが四月終わりにドラマのタイトル覚えてないなんて」

「いやー、Vtuber始めるってなってから何かと忙しくてさ、母さんの出ているドラマがあるっていうのは覚えていたけど、見てないんだよね~」


僕はこれまで母さんが出ているドラマを見逃したことなかったけれど、今回はVtuber関連のことに集中しすぎてしまい、春ドラマは全て見逃してしまっていた。


「確か『ラブ・ファミリー』ってタイトルだったと思う」

「母さんがヒーロー系のドラマ? 珍しいね」

「違う。確か日常系ドラマだったと思う。主人公は母親と娘の二人で同じ男性に恋をするって話」

「何その話」


設定から見えるのは、母親は未亡人で男性は母親と娘の間くらいの年齢。

娘はたぶん高校生から大学生の間。


ああ、ドラマで放送するにはあまりない設定なのに、聞いただけでどんな内容か思い浮かんでくる。


だけどこの作品には問題点がある。


恐らくだけど母親役は多分母さん。そうなると娘役は相当な女優でないといけない。

でないと母さんの演技に食われてしまい、ダブル主人公の設定が生かされなくなってしまう。


母親自慢というわけではないけれど、今の女優で母さんの演技に飲み込まれない女優は数えるほどしかいない。


「母親役は母さんだよね? じゃあ娘役は誰がやってるの?」


僕が聞いた瞬間来夢は冷蔵庫から取り出したペットボトルを床に落とし、まるであり得ないものを見てくるかのように僕を見ている。


「え、なに? なんか変ことだった?」

「変も何も、このドラマって『神無月撫子』と『飛鷹凛音』の初共演作品として放送前から話題だったよ!」

「まじで!」


それはだいぶショック!


「お兄ちゃんがお母さんのことはともかく、飛鷹凛音さんの出演ドラマ情報をドラマが始まってしばらくたったころに調べ始めるなんて。中二のころに「飛鷹凛音さんの一番のファンは僕だよ」って言っていたのに」

「うぐっ⁉」

「ほかに何だっけ? 「将来は凛音さまのマネージャー、いや、ボディーガードになろう!」だっけ? それで少しの間だけからだ鍛えたんだよね」

「や、止めてください‼」


それは思い出したくもない過去。

思春期に入ったとき、僕は凛音さんにガチ恋してしまった。


いや、今は既に正常に戻って一ファンであるんだけどね。


でも当時は本当にヤバかった。


凛音さんの出演ドラマ・番組組まなくチェック、録画。

恋愛ドラマに関しては常にキスシーンがないことを願っていた。


クラスメイトの男子が凛音さんの話をするのが耳に入るたびに、当時伸ばしていた前髪の隙間から睨みつけるのは日常。


もっとヤバい時は毎日神社に行き、五円玉をお賽銭箱に入れて「凛音さまと結婚したい、凛音さまと結婚したい」と数十回は唱えていた。


当時の部屋は壁一面に凛音さんの張り紙を貼り、スマホの画面は凛音さんの画像。


それ以外にもいろいろあるが、これ以上は思い出したくない。


そんな僕が正常にまで戻れたのは、完全に来夢のおかげだ。


行き過ぎた僕に対し、来夢は正常に戻るまで家を出ていくと言い残し家出した。


来夢の本気度を感じ取った僕は一日で壁一面に貼っていたポスターをはがし、毎日していたお参りをやめ、ドラマ・番組出演情報を漁るだけにし、何とか来夢に家に戻ってきてもらった。


それ以来僕は凛音さんのドラマを見逃すことなく、毎週録画&焼き写しをしていたのだが……、今回、ついにドラマを見逃してしまった。


「お兄ちゃんって凛音さんのことが好きなんじゃないの?」

「好きかどうかは置いといて普通にファンです」

「だよね、だったら忘れたらダメじゃん」

「いや、今回は忙しかったから見逃しただけで」

「お兄ちゃんっ!」

「ひゃいっ!」


久しぶりに来夢の大きな声を聴いた気がする。


「言い訳しない! しっかり自分の非は認めて反省する! いい?」

「はい……」

「返事は大きな声で!」

「はいっ!」

「よろしい。……言っておくけど今回はお母さんが出ていたからたまたまだからね。次はないから」


来夢の言っている意味をすぐには理解できなかったが、リモコンを取り上げられ、テレビの録画番組を見ると、そこには今日まで凛音さんが登場した番組、ドラマが収録されていた。


数日前に見た情報番組も編集された状態で残されている。


「来夢~!」

「言っておくけど今回だけだか、次はないからね!」

「ありがとー!」


僕は来夢にこれまでの感謝の意を示すために、収益化が通ったら同じく感謝しないといけない義姉さんと一緒に買い物で奢るという約束を取り付けた。



~~~~~~~~~~

とある住宅地


「これより昼休憩を取りまーす。撮影開始時間は13時からにしますのでそれまでには戻ってきてくださーい! あ、撫子さん、お弁当届いてますよ」

「ありがとね。せっかくなら持ってきてくれてもよかったのに」

「あ、あはは」


声をかけてくれた男の子は苦笑いを浮かべながら去っていく。

息子の一郎と同じ年齢くらいの子だけど、どことなく緊張しているような感じね。


現在午前中の撮影を取り終え、昼休憩に入り役者やスタッフは近くにある飲食店を調べながら昼休憩を取ろうとしていた。


私はというと、誰にも話しかけられずに弁当を受け取りに行く。


別にボッチというわけじゃないわよ。

ただ単に撮影中が集中力を簡単に切らさないようにするために大勢との昼食を避けているだけ。

別に話しかけてくれる人がいないからとかそういうわけじゃないわ!


それに私は撮影現場ではその地のお弁当を食べることにしてるの。

そのことを皆知っているから誰も声をかけないわけ。


「さてと、どこで食べようかしら。……あら?」


食べられそうな場所を探していると、見知った女の子が見え、見知った声がその子のスマートフォンから聞こえてくる


『女の子はそうですね。たとえを出すなら飛鷹凛音さまですね。というよりも、僕、中学時代はボッチだったので、テレビに出てくる凛音さまばかり見ていたら、見た目の好みが凛音さまになった感じですね。ちなみにですが、凛音さまのことなら一、いや、二時間語れる余裕があります!』


私の息子、保仁の声。

そしてそれを見ている子は保仁のあこがれである飛鷹凛音ちゃん。今作の私と同じもう一人の主人公の子。


「ヤマト様~」

「凛音ちゃん、何してるの?」

「わひゃっ!」


私の声に凛音ちゃんは驚き、スマートフォンを地面に落してしまう。


地面は砂だから大丈夫かと思うけど、拾い上げて割れてないか確認する。


スマートフォンの画面は割れていないから一安心するとして、落とした勢いに画面もオフになっているから付くか確認してみる。

その時、私は偶然にも見てしまった。


ヤマトと凛音ちゃんが横に並びツーショットのようになっている画面。


そういえば昨日の初配信の時、ヤマトにガチ恋宣言した子が「Rinne」って子だったような、……もしかして。


「な、撫子さん。驚かさないでください!」

「ごめんねー。それよりも凛音ちゃん。ヤマトのことが好きなの?」

「っ⁉ にゃ、にゃに言ってるんでしゅか⁉ しょんなわけないじゃないじゃないですか」

「どっちよ」


噛み噛みの凛音ちゃん。超かわいい!


「じゃあ嫌いなの?」

「大好きです!」

「ほら、好きなんじゃないの」

「あ」


ぼろを出しまくってしまった凛音ちゃんは頭を抱えながらその場に座り込んでしまう。


「せっかくだし食べながらお話しましょ。ヤマトのことは誰よりも詳しい自信あるから」

「え、あ、そうでしたね。ヤマト様は撫子さんのお子様でしたね」

「そうね」


凛音ちゃんを落ち着かせて、一緒に昼食をとる。


「凛音ちゃん。ヤマトのことで聞きたいことでもある?」

「一つだけ」

「何でも聞いてみなさい」

「では、……ヤマト様は男の子ですか?」

「いきなりぶっ飛んだこと聞いてくるわね」


ヤマトが男子か女子か。

私からしたら息子だけど、ヤマトはそこら辺を隠して活動している。


狙いとしてはたぶんだけど視聴者さんたちにヤマト自信を好きになってほしいから。ってところかしら。


もし違ったとしても何か狙いはあるはず。

だったら私がその邪魔をするわけにはいかない。


「そうね~。私としてはヤマトは『娘』としてみてるかしら」

「じゃ、じゃあ女の子なんですか?」

「それは違うわよ。私としてはってだけでもしかしたら男の子かもしれない」

「つまり、ヤマト様の性別は撫子さんでも話せないと」

「そういうこと。話してしまったらヤマトの営業を妨害してしまうわ」

「そうですか」


凛音ちゃんはどこか煮え切らない表情で箸を進める。


ごめんね、凛音ちゃん。

凛音ちゃんだけに質問させるわけにはいかないの。


むしろ私はこっちの方が気になって声かけたんだから。


「凛音ちゃんってヤマトのどこが好きなの?」

「ヤマト様の好きなところですか?」

「そうよ。ガチ恋宣言するくらいなんだから好きなところがあるでしょ?」

「ふ、普通に、普通にタイプだったんです!」

「……え?」


それだけ?


「特になんですけど声が、あのアルト気味の高い声でかっこいいとかわいいの両立! 極めつけは私より身長が低いんです!」

「凛音ちゃんの身長って確か……165センチです」

「ヤマトは約160センチだから5センチ差ね」

「はい!」

「小さい男の子が好きなの?」

「ち、違います! 私、寝るときは何かに抱き着かないと寝れないんですけど、ヤマト君だと抱き心地が良さそうなので」

「あー、それは分かるかも」


私も昔は保仁に抱き着いて寝てたけどあの子に抱き着いていると不思議と安らかに眠れるのよね。

あと胸に顔をうずく目ながら眠っている保仁はものすごくかわいい!


「見た目はないの?」

「あー、私見た目は気にしないんですよね。別に太っている男性でもお風呂にきちんと入ってくれていれば気にしませんし」


そういえば凛音ちゃんってバラエティー番組の時、俳優やアイドルと話すことよりも芸人さんと話していることが多いわね。

やっぱり芸人さんは面白いからかしら。


「ちなみになんですけどヤマト様の見た目って、リアルと違うところってありますか?」

「そうね。かれこれ最後にあったのが二年前の娘の入学式が最後だから分からないけど、たぶん変わっていないんじゃないかしら」

「そ、そうですか」


あ、凛音ちゃん嬉しそうな表情を浮かべてるわね。

無理もないわ。好きな人の話題になると嬉しいものだものね。

だけど……


「凛音ちゃん、ヤマトに恋をするなら気を付けた方がいいわよ?」

「え、どういうことですか?」

「あの子、超がつくほど鈍感なの。そのうえ、協調できる人とはすぐに仲良くなるの。だから今後ガチ恋勢を増やすと思うわよ」

「か、覚悟の上です! それにヤマト様は私のコメントを読んでくれたので私の気持ちにも気づいているはずです!」

「あ、たぶんそれもダメかも」

「え、どういうことですか?」


普通の人なら100%ありえない。けどあの子ならそれがありえてしまう。


「多分だけど『Rinne』を『りんね』じゃなくて『りんえ』って呼んでると思うの。だからアドバンテージはないものと見た方がいいわ」

「そ、そんな」


凛音ちゃんは明らかに落ち込んでいる。

さすがにまずい。これじゃあこの後の撮影に支障をきたすかもしれない。


ここはお母さんが一肌脱いであげますか。


「凛音ちゃん。ここはお母さんに任せてみない?」


~~~~~~~~~~

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