最後の最後まで子供をアニメやマンガやゲームから守り抜いた親

あがつま ゆい

最後の最後まで子供をアニメやマンガやゲームから守り抜いた親

 その父親と母親は恐怖を抱いていた。

 より正確に言うと、彼らは産まれたばかりの息子に恐怖を抱いていた。


 もしも息子がアニメやマンガやゲームにのめり込んで脳が壊れた大人になってしまったら、現実と虚構の区別がつかなくなってしまった人間に成長してしまったら。

 それが息子が夜泣きもしないのに夜もおちおち寝られないほどの「凄まじい」そう「凄 ま じ い」恐怖だった。


 そんな未来は絶対に来させない! 彼らは我が子に対して強く強くそう決意した。




「どうして!? 遊びたいのに!」


「お父さんの言う事が聞けないのか!?」


「お母さんの言う事が聞けないの!?」


 小学生になったばかりの息子がゲームやマンガ、サブスクのアニメ目的で友達の家に遊びに行くことがわかると、彼の両親はありとあらゆる手段を用いてでもそれを止めさせた。

 言ってもきかないなら叩く、殴る、食事を抜くのは日常だった。


 すべては、息子をアニメやマンガやゲームから守るためである。

 友達なんていらない。むしろアニメやマンガやゲームという人類の大罪に誘うものなら断固として断交すべきである。いやしなくてはいけない。

 友達よりも息子の人生の方がはるかに大事だからだ。




 数年後、子供が小学5年生になり林間学校で1泊することになった。

 本当はアニメやマンガやゲームに触れてしまわないか心配でたまらなかったが、まぁ1泊程度ならと許可を出した。

 そうしたらその不安は見事に的中。クラスメートが林間学校に持ち込んだゲーム機で遊んでいたことがばれたのだ。


「なんでお前はそんなことするんだ!?」


「なんでお前はそんなことするの!?」


 怒り狂った両親は林間学校から帰ってきた実の息子に原稿用紙10枚にも及ぶ反省文を18時間かけて書かせた。


 すべては、息子をアニメやマンガやゲームから守るためである。

 アニメやマンガやゲームに触れると必ず悪影響が出る。それでもし虐待でも起こしてしまったら、親として取り返しのつかない事態になってしまうからだ。





 中学生になった息子に対し親は探偵と契約して放課後から帰宅まで何をしているのかを調べてもらうことにした。それでゲームをやっていることがわかると……。


「お前! オレに黙ってゲームセンターに行ってたそうだな! ゲームは絶対にやったらだめだっていうのを何で守れないんだ!?」


 父親はそう息子に怒鳴りつけて彼をバットで何十回と殴った。全身にアザができようがお構いなしだ。


 すべては、息子をアニメやマンガやゲームから守るためである。

 アニメやマンガやゲームに影響されて他の誰かに理不尽な暴力をふるってしまう暴力的な子供に育ってしまったらお終いだ。それだけは防がなくてはいけない。

 これはそのための「愛のムチ」であり、虐待などという暴虐ぼうぎゃく的な行為では決してない。




 その息子が18歳になり高校を卒業した後大学生になったのだが、親は何が何でも、たとえ片道2時間以上の通学時間がかかろうとも下宿するのを絶対に許さなかった。

 大学卒業後、就職しても同じだった。たとえ片道3時間かかろうが下宿は何が何でも許さず、自分たちの家から通勤させた。

 また、大学生活や仕事先で必要なメールアドレスは父親のパソコンで管理し、どういう内容のメールをやり取りしたのかは完璧に把握していた。

 このころになると子供はようやく親に対して素直になり、従う「いい子」に育っていた。


 すべては、息子をアニメやマンガやゲームから守るためである。

 それに触れてしまって人を意のままに操ろうとする歪んだ大人にさせないためである。




 長い長い時が流れ、息子は52歳になった。その父親は79歳。妻に先立たれもはや自分の命も風前の灯火。


 もし自分が死んだら息子は必ずアニメやマンガやゲームに手を出し、犯罪者になってしまう。

 いや犯罪者になるだけならまだいい。犯罪者よりももっと酷い生き物にまで成り下がってしまうのではないか?

 それだけは何としても避けたかった。父親にとっては最大限の恐怖だった。


 その日の早朝。父親はれた雑巾ぞうきんを持って息子の部屋に入った。そして眠っている息子の顔を雑巾で覆って窒息死させてしまった。




 息子の死から1週間後……近所の住人が異臭がすると警察に通報したところ、死体を発見。父親はその場で殺人の容疑で逮捕された。

 取り調べの最中、犯行動機について


「すべては、息子をアニメやマンガやゲームから守るためです。

 息子がアニメやマンガやゲームに触れて人の命をかえりみない残忍な大人にならないためにはこうするしかなかったんです。私は無罪です」と供述している。

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