ぼくは本が嫌いだ

岩田へいきち

ぼくは本が嫌いだ

 ぼくは、本が嫌いだ。


 とくに国語の本が嫌いだ。

みんなの前で『朗読して』と先生が当てるのを極力避けていた。

だって、読み始めたら、ひっかかり、まっかかりだし、恥ずかしい。内容も何が書いてあるのか、何を言いたいのかよく分からない。


うちは、町境の人里離れたところにあって、近くに本屋なんてない。5.6キロ自転車をこいで行けば、店先に小学館の『一年生』やら『三年生』を二、三冊置いてある雑貨屋さんがある事は知っているが、活字は苦手だ。わざわざそんなところまで行かない。

もちろん、作文なんてとても書けない。本を読めないし、内容も理解してないのだから自分で書けるはずがない。


 読書感想文の宿題なんて何だい?


作文を書くという超難題の前に、本を読んで内容を理解するというぼくにとっては、また大きな難題があるじゃないか。どうしてみんなは、テレビを見ないんだ? テレビを見れば、そんな難しい活字なんて読まなくても内容が理解できるし、楽しめるじゃないか。テレビの感想文じゃダメなのかな? それだったら書けるかも? 

いや、漢字も書けない。感想文、ちゃんと書けるやつの気が知れない。りえちゃんは、さぞ上手に書いているんだろうな。本の内容もちゃんと理解してさ。


 無理だ。本を読むなんて、何時間あっても足りない。先に進まない。読んだところで理解も出来てない。

しかも本なんて、うちにはない。新聞もない。漫画本もない。

たまに、友だちが家に持っている『小学三年生』を見せてもらう事があるが、それも興味があるのは、付録の厚紙の恐竜だけだ。しかし、それは友だちの物。自分で作ろうかと思うこともある。本の中の漫画や文章の物語には、ほとんど触れてない。見ないようにしてる。


 図書室にも行かない。


『どうして、あんな怖いものがたくさん並んでる所に行きたいと思うんだい? りえちゃん、どんな神経してるの? 』


と思うくらいだ。


 社会の教科書も活字が並んでて怖い。できれば開きたくない。写真を見るのは好きだけど下に書いてある説明文は、読めてない。


 学年が終わると、古い教科書は、母親が全部燃やしてくれている。教科書なんかに未練はない。残しておこうなんて考えたこともない。



そうして中学生になった。


『小学三年生』を売ってある雑貨屋さんは、自転車通学の途中にあるが、もう中学生だ。全然興味ない。しかもそこは、雑貨屋さんで、他の本なんて、置いてないし、買い食いして帰ったと生活指導の先生から怒られるから寄れない。


 相変わらず本は読めないから国語のテスト、社会のテスト、理科のテスト、英語のテストにさえも影響している。


 テストの問題を最後まで解けない。読めない、見れない。

最後まで辿りつければもっと点数上がるのに。

時間内にかろうじて解き終えるのは、数学だけだ。数学なら100点取れる。

あとは無理だ。問題を最後までやってないのだから。


 問題を出した国語の若い女の先生にぼくは、言う。


『そんなの、その人、そう考えるって限らないでしょう。色々考えるかも知れないし、ぼくは、違う風に考えると思います』


先生は、


『そうね、国語には、色々答えがあるわね』


と優しく言う。


本も読めず、文章も書けないぼくが言うことではないが、先生は優しい。


その先生がある日、みんなに読んで欲しい文豪たちの本のリストを渡してくれた。

ぼくは真面目だ。先生の言う事は聞く。

どうしてだか三島由紀夫の『金閣寺』を選んだ。

母親にバス代と本代をもらって、ここら辺では一番の街まで、約1時間かけて一人で行く。本屋は、ここのアーケード街にあるこの店しか知らない。少し離れた所にもう一軒あるらしいが良く分からない。

『金閣寺』は、なんとか無事買うことが出来た。初めての本の購入だ。


それから3ヶ月間、夏休みも入れて『金閣寺』との格闘が始まった。

ぼくには強敵すぎた。難しすぎた。でも、有為子の透き通るような美しさだけは心に残った。

結局、中学でも図書室へ行く事はなかった。


そして高校生になった。


高校までは、バス通学。バス停から高校までの通学路にあるアーケードの中に『金閣寺』を買った本屋はあった。


これからは、毎日、本屋に寄れる。なんて素晴らしいんだ。好きな歌手が表紙になった『平凡』や『明星』も眺めることが出来る。陸上や野球の本も、バイクや車の写真も見る事が出来る。素晴らしい。心がワクワクする。

バスの待ち時間や友だちとの待合せの時間調整にも本屋を利用するようになった。


それでも小説は買わない。活字が怖い。

もう闘うのはいやだ。漫画さえ読めない。


高校生までだったけど


終わり

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