防犯グッツ

葉舟

第1話

「動物なら、何が好き?」

「うさぎ」


 育児放棄してくれちゃった両親の代わりに引き取ってくれた叔母は、いつも忙しそうにしている。

 一緒にいる時間はあまりないけれど、食事だけはいつも用意してくれていた。


 好きな動物を聞かれたことも、うさぎと答えたことも忘れた頃、真っ白なうさぎのぬいぐるみをもらった。

 赤い目に垂れた耳。耳には片側だけリボンがつけられていて、胸にはブローチをつけていた。


「防犯ブザーのかわり。なんかあったら、ブローチを強く押しなさい。まあ、押さなくても、持っていればお守りにはなるから、身につけといて」


 うさぎのぬいぐるみの服にベルトがついていて、ポシェットのように肩からかけられる様になっていた。両親から何かもらった記憶はなく、叔母から始めてもらったプレゼント。

 大事に大事にしまって置きたくもあったけど、気に入っていないと思われたくもなくて、言われたとおりに身につけていた。

 

 どこに行くにも一緒で、公園でお友だちと遊ぶ時も、うさぎのぬいぐるみは側にいる。


「ぶりっ子」

「外で遊ぶときまでそんな物持ってこないで」


 そんな言葉を投げられたとこもあれば、「可哀想な子だから」なんてわかったふりした陰口も聞いた。

 けれど、身につけないなんてできない。


 両親は何をしても、しなくても怒鳴る一人だった。だから、叔母もそんなふうになるのではないかと思うと、言いつけを破るのが怖くてならない。


 公園からの帰り道、背後から影がさした。片手で口を塞がれ、もう片方の手で身体を持ち上げられる。

 何が起きているのかわからないまま、解放され、両膝を強打し、両手を地面につく。


「いった」


 涙目で起き上がれないまま周囲に目をやれば、白い物があった。肩からかけたベルト部分を残してうさぎが動いていた。

 うさぎのいる方は向きなおると男がいて、まったく可愛げのない俊敏な動きでうさぎは男をボコボコにする。


 状況を理解するのを頭が拒否した。


 地に伏した男の上で、うさぎは勝利のポーズを決める。それを見ていることしかできなかった。


「無事かい?」


 声のした方を見れば、叔母がいて、涙がポロポロとこぼれてくる。


「怖かったね」


 頭をなぜてから、叔母が抱き上げてくれる。


「もう大丈夫よ」

「ごわ゛がっだ」


 大丈夫、大丈夫と叔母が背中をポンポンと手の平で叩いてなだめてくる。


「あのうさぎなに?」


 怖いと感じる間もなかった男より、よっぽどうさぎのぬいぐるみの方が怖い。


「あら、説明してなかったからしら?」

「ぬいぐるみが動くなんて知らない」

うちそういう家系よ。あなたのパパはその能力なかったけど、聞いてない?」


 一生懸命首を横にふる。


「あんたも、その能力あるわよ。まあ、あんたの両親、ぬいぐるみが動くのが怖くて育児放棄しちゃったんだけど、何も知らないママはともかく、パパは意気地なしよね」


 叔母の言葉は軽く、あっけらかんとしていた。


 両親という地獄から救い出してくれた優しい叔母だと思っていたが、ヤバイ人かもしれない。

 夕陽に照らされながら、そんな疑いを持った。

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防犯グッツ 葉舟 @havune

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