熊 ―黒き獣―

ぶらぼー

マタギ in おもちゃ屋さん

 5000兆の熊を仕留めてきた伝説のマタギ、マタギリス・アイアンフィストは戦慄していた。


 彼はマタギ仲間のヤンスデス・チェンテナリオ100世と共に、生まれて初めておもちゃ屋さんを訪れていた。姪っ子に可愛いぬいぐるみを買ってあげようとしたのだ。


 「トイゴワス」とポップでカラフルでドリーミーなロゴで飾られた入口をくぐり、一つ一つのコーナーを丁寧に見ていく。


 ぬいぐるみコーナーに来た時である。マタギリスの目が細くなる。その視線の先には――可愛らしいクマさんのぬいぐるみ。


「バカな」


 5000兆の熊を仕留めてきた伝説のマタギ、マタギリス・アイアンフィストは戦慄した。こんな事があってはならない。


 熊と言えば恐るべき猛獣である。驚異的なパワーの腕と牙、自動車並みの速度で走るスピード、子熊の攻撃でも人間の大人が重傷を負わされるケースもある。マタギリスもまた、世界中の山で彼らと命がけの激闘を繰り広げてきたのである。


 その熊が――まるで愛玩犬のようなもふもふデザインで売られているのである。


「やはり我々マタギと言えばクマさんでヤンスねえ。私はこのクマさんのぬいぐるみにするでヤンス」


 ヤンスデスはクマさんのぬいぐるみを手に取り、腕を動かして手を振る仕草をさせる。


「正気か貴様」


 マタギリスは鬼の如き憤怒の形相でヤンスデスを睨みつけた。


「な、何が不満でヤンスか!?」

「何がだと!? いいか! おまえもマタギなら熊の恐ろしさは知っているだろう! そして同時に、我々は熊の恩恵にもあずかってきた! そう、熊は畏怖すべき存在なのだ……」


 マタギリスはビッとヤンスデスの持ってるとっても可愛い熊のぬいぐるみを指さした。


「それなのになんだこのめっちゃくちゃ可愛いデザインは! 恐ろしさも威厳も何もないじゃないか! これでは子供たちが熊は可愛いマスコットキャラだと勘違いしちゃうだろ! なんなんだこれはめちゃくちゃ可愛いなあもう!」

「で、でもサメさんとかライオンさんもぬいぐるみになると可愛いでヤンスよ? 固いこと言いっこなしでヤンスよ!」

「ダメだ! 俺はこのウサギさんのぬいぐるみにする!」


 正気を失いかけているマタギリスがウサギさんのぬいぐるみを手にしようとしたその時である。


「熊が出たぞおおお!!!」


 突如、男がそう叫びながらおもちゃ屋の中に逃げてきたのである。よくよくおもちゃ屋の外を見てみると、パニック状態に陥りながら逃げ惑う人々の大群。


 そして――


「グオオオオオ!!!」


 ゆっくりとおもちゃ屋の入り口前を練り歩く300kg級のグリズリー。


「マズいことになったでヤンス」


 グリズリーはおもちゃ屋に侵入してきた。しばらくそこら辺の臭いを嗅いだかと思うと周りにある棚という棚をぶち壊し始めたのである。


「マズいな……今は完全に非武装、打つ手なしか。――いや、俺は伝説のマタギ、マタギリス・アイアンフィスト。素手でグリズリーを止めてみせる」


 マタギリスは意を決してグリズリーの前に立ち塞がった。その時である。


 グリズリーは急に大人しくなり、あるモノに近づいて鼻をこすり始めた。グリズリーの鼻の先にあるのは――先ほどのクマさんのぬいぐるみである。


「なんだと……まさかコイツ……このぬいぐるみを熊だと認知しているのか!?」


 グリズリーは熊のぬいぐるみと5秒程見つめ合うと、ゆっくりとおもちゃ屋を後にした。


 マタギリスは地面に落ちていたクマさんのぬいぐるみを拾い上げる。


「俺が浅はかだった……見た目でしか”熊らしさ”を語っていなかったのだ。本物のグリズリーが認めたコイツは……間違いなく”熊”だ」

「マタギリスさん……パネェでヤンス!」

「ヤンスデス、俺もこのクマさんのぬいぐるみにするぞ」


 マタギリスは爽やかな笑顔を見せると、レジへと向かっていった。




 なお、去っていったグリズリーはこの後普通に大暴れして5000兆円ぐらいの被害が出た。

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