第七幕

第28話 目覚めて知るは

 三日目、早朝。


「ううん……」


 ゆっくりと純汰じゅんたが目を覚ませば、教会内を物色する音が聴こえて来た。


「うんと……? お、兄さん?」


 声をかければ、景梧けいごが気づいたように返事をする。


「起きたか。てめぇはそこで大人しくしてろ、いいな?」


「え……あ、はい……」


 言われた通り、大人しくしているとしばらくして目の前の十字架が動き出した。


「えぇ!? うわぁぁ!? な、な、なにごとですか!?」


「騒々しいな……仕掛けが動いただけだろうが。んで? てめぇはどうする? 来るか?」


「お、置いて行かないで下さい!」


 その答えに満足したのかは不明だが、景梧は純汰を連れて仕掛けが動き、現れた地下室への階段を下りて行くことにした。


 真っ暗な中を心もとないペンライトだけで進む。手すりを掴み、一歩づつ。


 そうして、たどり着いた先には、光が漏れている扉があった。


「中、灯りが? どういうことなのでしょうか?」


「さぁな。開けるぞ」


 警戒しながら扉を開ける。すると、そこには……。


「えっ!? 人が! 寝て……いや、でもこれ、透明な棺……え?」


 困惑する純汰以上に、景梧に動揺が走る。なぜなら、柩の中にいるのはほかならぬ――弟、朝春だったからだ。景梧と同じ赤色の髪に閉じられた瞳。甲冑こそ着ているものの眠っているようにしか見えない姿がそこにはあった。


(どういうことだ……。ここは日本だろ? いや、そもそも葬儀はしっかりやった。遺骨になったのも確認している。なら……ここにいるコイツは?)


 景梧が棺に近づき、慎重に調べて行く。そうている内に、気が付いた。


「よくできた投影画像ってわけか。なるほど? つまり、この透明なのが装置そのもので死んだ朝春の寝てるか、なんかの盗撮映像か? そこまでは知らんが、とにかく加工して映しているわけか」


「え? お兄さん、どういうことですか?」


 未だわかっていない純汰に呆れながら解説すると、彼はようやく理解したらしく顔を伏せた。


「死んだ人をこんな風に扱うなんて……ゆるせません……」


 静かに呟く純汰に対し、景梧が無表情に口を開く。その声には――やや怒気が含まれていた。


「たまには気が合うな、ガキ。さすがの俺も、この趣味に関しちゃざけんなって言いたいぜ。人様の弟を王にしといて……扱いが随分じゃねぇか?」

 

「あ、の……お兄さん……? その上……上を、見てください!」


 言われて見上げれば、そこには吊るされた棺があり、その中の二つに……人が入っていた。


 一人は青髪の青年、烏頭保季うずやすとき。もう一人はその保季の遺体を見に行った時、出会った眼鏡の青年だった。


「……なるほど? アグラヴェインってのはアイツのことだったか……」


「もしかして……亡くなられた方はこの中に入れられるということでしょうか……?」


「だろうな。おそらくここに入れられるってことだろうな……ん?」


 景梧が九つの棺を見つつ……周囲を見ると、壁に埋め込まれた棺もあり……その中の数個の蓋が閉まっていたのだ。

 それに気づいた純汰の顔色が青ざめて行く。


「この……中……。もしかして?」


「開けてみるぞ。手伝え」


「え? えぇ!?」


 戸惑う純汰を先導し、閉まっている一つを開ける。案外、すぐに開いた中には……。


「ひぃぃぃ……!?」


 純汰が悲鳴を上げ腰が抜けたのか、その場に座り込む。

 無理もないだろう。なぜなら――首と胴体がわかれている上に、損傷が激しかったからだ。


「コイツは……円卓の騎士ってわけじゃなさそうだが……?」


 景梧が冷静に分析する。彼を円卓の騎士ではないと判断したのは、服装だ。ローブと思しき服装をしているからだ。疑問に思っていると、珍しくモノロエが声を発した。


『ケイ卿。この者は、の内の一人です』


「……マーリン? ってのは確か……あぁ、アーサー王伝説に出てくる魔術師だったか。それの候補? ほう……」


 何かを察した景梧とは裏腹に、純汰は嗚咽を漏らし、涙をこぼす。そんな純汰に視線をやろうとして……景梧があることに気が付いた。


「宙づりなのは九つだが……一つ降ろされている棺がある?」


 訝しみながら、その降ろされている棺を開けると、そこには銀髪の青年が裸で納められていた。


(どういうことだ? マーリン候補ならローブを着ている。騎士なら甲冑だ。だが……こいつだけ裸な上、やたらと綺麗なのはなんでだ?)


 そう。この銀髪の青年の遺体だけ、損傷が全く見られないのだ。血の気が感じられないからこそ、死んでいると判断できたがそうでなければただ眠っているようにしか見えない。


「おい、モノロエ。コイツはなんだ?」


『その方は……円卓の騎士の座を降りた者です』


「……座を降りた?」


『……ケイ卿。今はガレス卿の方を優先されては?』


 話を変えられた景梧は、疑念を膨らませつつも純汰の方へ視線をやる。彼の様子は酷く、とてもすぐに立てそうではなかった。


 (この主催は――とんでもなく狂ってやがるぜ)


 何度目かわからない認識をした景梧は、深く息を吐いたのだった。

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