さよなら、大好きだったひと

かんた

さよなら、



「私たち、別れましょう」


学校帰りのファミレスで、私は目の前で座っている彼にそう告げた。

普段からよく来ていて、彼が飲むドリンクも、注文するものも意識せずとも分かるぐらいには頻繁に来て、そして幸福な時間を過ごしてきたこのファミレスで、自分で思っている以上に冷たい声が出たことに私は自分のことながら驚きを隠しきれなかった。


とはいえ、覆水盆に返らず、口から飛び出した言葉は戻らない。

答えは分かり切っているけれど、少しばかり緊張しながらも私は彼の言葉を静かに待った。


「……分かった」


一拍の後に彼はそう言うと、すぐに席を立ちあがって荷物を抱えた。


「……ごめんな」


そして一言、席から離れる時、私の座る席を通り過ぎる時に呟いて彼は店から出て行った。

その背中を見ることもせず、かといって私も帰ろうと動き出すことも出来ずに席に座って俯いたまま私は身体が震えることに必死だった。


扉が閉まる音がして、彼が出て行ったことを確信してから、ようやくテーブルの上に涙が零れた。

これ以上は抑えきれなかった。

分かってはいたことだった、彼の気持ちがもう自分には向いていないことも、それどころか既に他に好きな人を作って楽しそうにしているのも。

以前は授業終わりによく来ていたこの店にも、前回来たのは何時だったかすぐには思い出せないぐらいに足が遠のいていた。

連絡も少しずつ疎遠になってきていて、私から連絡しないと彼からは連絡は来ないし、その返事もかなり薄いものになっていた。

そんなときに偶然見かけた、可愛い女の子と楽しそうに腕を組みながら歩いている彼の姿を見た時は、世界が崩れ落ちるほどの絶望に襲われたような気持ちに襲われることになった。


結果は分かり切っていたことだけれど、きっと彼はあの子を選ぶことは分かっていたけれど、それでも、好きなひとにまだ好かれていると思いたかった、あの女の子は家族か親族か、とにかく恋愛関係ではないと一縷の望みを信じていたかった。

別れを切り出されて動揺して欲しかった、何か勘違いをしているのだと諫めて欲しかった。

何か悪いところがあるのなら直すから、とか、むしろ私のこんなところが悪いから直してくれとか、喧嘩でもいいからしたかった。


けれど結果は先の通り、簡単な一言で終わってしまった。

これでもう彼との関係は終わり、人生で初めて好きになった人との、好きになってくれた彼との楽しかった時間は、あんなにもあっさりと終わってしまった。


「ごめんって謝るぐらいなら、そんなあっさりと別れないでよ……。せめて、二股でも平気でするようなクソ男だったら、もっと楽になれるのに……」


それでも、彼女がいても二股するような男でも、好きだったのだ。

涙も止みそうにないけれど、あまり長時間居座っても居られないと、私は涙は流したまま家へと帰っていった。





家に帰りつき、自分の部屋に戻って来た私は、ひとまず荷物を机に置いてブレザーのネクタイを緩めるとベッドに顔から倒れこんだ。


「うっ、うぅ……!」


そしてそのまま、顔をベッドのシーツに押し付けて声を押し殺しながら、しばらく涙をシーツにしみこませ続けた。


そうしてシーツがかなり濡れるだけ涙を流してようやく、一旦涙も収まって顔をベッドから離してベッドにもたれかかるようにして膝を抱えて座り込んだ。

今は何も考えたくないと、それからしばらく落ち込む気持ちそのままに顔を膝の間に挟んでうずくまっていたが、どれだけ悲しんだところで時間は過ぎるし生きている以上喉も乾く。

それも先ほどまでずっと、身体から水を流し続けていたのだから、意識していなかっただけで喉の渇きはかなりのものになっていた。


一度、喉の渇きを潤そうと立ち上がろうとして、自分のすぐ傍に落ちていたくまのぬいぐるみが目に入った。

およそ一年前、付き合って半年の記念日に彼からプレゼントされたぬいぐるみだった。

貰った時は正直なところ、もうぬいぐるみで喜ぶような年ではないと思っていたものの、大好きだった彼からもらったモノだったし、可愛いぬいぐるみだったのでなんだかんだ言いつつも気に入っていつも眠るときにベッドに一緒に入っているぐらいには気に入っていた。


一度は収まったと思っていたけれど、ぬいぐるみを見て楽しかった、幸せだった記憶がぶり返してきてまた涙が滲んできた。


「……このぬいぐるみも捨てなきゃ」


ものに罪は無いけれど、気に入っていたぬいぐるみを手放すのは辛いことだけれど、それでもこのぬいぐるみがこの部屋にあっては何時までも辛い思いをすることになってしまう。

……それに、別れてしまったのだから、いつまでも彼からもらったモノを部屋に置いておくのもいいことではないだろうから。


そう思い立った私は、袋を一枚持ってくると部屋の荷物を整理し始めた。

一つ一つ、こんなこともあった、楽しい思い出もたくさんあったと思いながら、思い出すたびに涙を流しながら彼との思い出の残るものを、袋に放り込んでいき、最後には彼との思い出があるものはくまのぬいぐるみだけになった。


これで本当に彼との繋がりは、思い出は無くなってしまうと思うととめどなく涙が溢れてくるけれど、最後に一度だけ、と力いっぱい抱きしめてから、袋に詰めてしっかりと袋を縛った。



「さよなら、大好きだった人」


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