ASPECTS

島尾

一人の男の、側面

 Aは、人生のどん底にいる。


 どん底。それは、すべてが0になる点。周囲どこを見渡しても0で、もはや希望も未来もない点。


 かつてAは多結晶体だった。体積を持ち、エネルギーを持ち、エントロピーを持っていた。さまざまな経験をして、失敗したり、成功したり、でもほとんどが失敗で。


 結果、薄暗い結晶になった。


 その結晶はある日、非常に脆いということが分かった。色合いは地味でありながら形状は規則的で、しかも複雑多岐。そういう結晶が脆いということが、証明されてしまった。ある応力がかかった瞬間、砕け散ったのだ。


 結晶は、粉になった。


 Aは、粉になって、行き場を失って空気中を漂った。


 そして、地面に落ちた。周囲のほこりにまぎれて。


 結晶はほこりになった。布団の隅の、誰も見向きもしないほこりだ。


 



 ある日、Bがやって来た。お宝はないものか、と探っていたのである。Bは高輝度ライトを照らして、部屋中を探し回った。トイレ、キッチン、風呂、リビング、寝室。


 寝室で、Bはキラキラ輝くものを見つけた。


 元素分析にかけた結果、それは未知の元素にして原子番号が2桁だった。普通なら元素名が表示されるのに、それは表示されなかった。意味のない番号だけが、表示された。


 これは! と思ったBは、すぐにそれを袋に入れて持ち帰った。


 


 Cという者が、空気中に存在するAの欠片をかき集める技術を開発した。Aは非常に脆い物質で、厳重な管理をされた。

 人が認識できる体積を持ち、エネルギーを持ち、エントロピーを持ったA。2度目の人生ともいえよう。


 Aは簡単に管理区域をすり抜け、空気中へと旅立っていった。粉ではなく、塊として。

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ASPECTS 島尾 @shimaoshimao

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