ぬいぐるみ。
Y.T
口上。
「ちょっとお嬢さん! この老いぼれの話を聞いておくなんまし!」
自分に話し掛けてきた男はせいぜい中年。老いぼれ、という程でもない。
そして「しまった」と思う。呼ばれたからといって立ち止まる必要はなく、周囲の人々と同じ様に歩き去ってしまえば良いのだから。
「お嬢さん、貴女はとても優しい人だ。お礼に面白い話をしようじゃないか」
レンガ調のタイルで舗装された道にある銅色のベンチ。同じ色で傍らに立つ街灯のデザインもそのベンチのメルヘンさに磨きをかけている。
しかしその中年男は、見るからに安物のジャージを着て薄汚れたナイロンの上着を羽織っており、周囲からもベンチからも、浮いていた。
「良いです。わたし、急いでますから」
「そうですか。それは悪かった——」
話し方が安定していない。
「でもちょっとだけで良いんです。きっと後悔させやせんから」
「いいえ、今言った通りわたしは——」
「逆に訊きます。良いんですかい? この話を聞かなくて」
「え?」
「聞くと後悔しない話ってのは、聞かないと後悔する話って事です。もう一度訊きます。良いんですかい?」
やはり、話し方が安定していない。
「はい、聞きません」
鮎子はキッパリと断った。
「よし来た! それでは話させて頂きやしょう!」
「ええ……?」
どうあっても話すのを辞める気はない様だ。
先ほど言った「急いでいる」というのは嘘で、鮎子は実際、暇である。それに、その話とやらにも段々、興味が湧いてきていた。
「それではお嬢さん、どうぞお座り下さい」
中年男は立ち上がり、鮎子をベンチに促す。
座った尻に温もりを感じながら、向かい合うこの中年を見上げて、その話を聞く事にした。
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