21XX年ぬいぐるみの使い方

タルタルソース柱島

カラダ売ります

「ええと、この“膝に爆弾を抱えている”っていうのは何ですか?」

白衣を着たメガネの青年が怪訝な顔をした。

 手元には、身体状況が書き込まれたカルテがある。

 さっき僕が書いたものだ。

「あー、膝に矢を受けたっていうか、ケガをしたっていいますか」

いい表現が見つからない。

 ケガをしたのかというと、正確にはそうじゃなくて、疲労的な奴というか・・・・・・。


「つまり持病があるということですか?」

「あ、いえ。古傷です。少し、冬場に痛むことはありますけど」

「生活には支障が無いと?」

「ええ、ああ。はい」

なるほど。と、つぶやくと二重線を引き、何やら書き込んでゆく。


 お堅いなあ、僕は心の中でつぶやく。

 一世紀ほど前に流行っていた言い回しも通じない。

 まあ、それもそうか。

 お役所仕事だもんなぁ。



「はい。では、買取金額は未納税に充てるということでよろしいですね?」

「ええ。とりあえず、そういう事で」


 今、現在。

 過去の政策ミスがたたって、人口が大激減。


 産めや増やせや大騒ぎしたのも何年も前の話。

 今じゃ、労働力確保にてんやわんやしてるって状況だ。


「変な時代に生まれちまったもんだ」

筒状の装置に入りながら僕はつぶやいた。


 21XX年、医療技術の転換点があったそうだ。

 僕の生まれる前の話なので詳しくは知らないが、筒状の装置で人間の体と魂を切り離すんだと。


 オブラートに包んで言うと『人生に疲れてしまった人』から体を買い取り、身体的に不便をしている人に売る事業だ。

 で、僕は疲れてしまったクチ。

 働いても働いても税金で70%ほど持っていかれる生活に疲れてしまった。


「それでは、これから魂を分離します。肉体の損傷を避けるために寝台の上に横になってください」

装置の内側についたスピーカーから流れる機械的な声。

 僕は、日焼けサロンか酸素カプセルみたいな装置の中に設けられた寝台。

 無機質なそこに横になる。


 人生100年。定年退職の無い素晴らしい社会、なんて謳い文句だったけれど、ようはいつまでも働いて税金を納めなさいよってことだ。

「つぎ生まれ変われるならコアラになりたいな」

いつか見たそいつは、ひたすらユーカリの葉っぱを食っているだけだった。

 楽そうでいい。



 40年。嬉しいこともあったけれど、苦しいことのほうが多かった。


 シューという音とともに意識が薄れていく。


 ―――。

 ――――――。


 僕はぬいぐるみになっていた。

 しかもコアラだ。


 こりゃ傑作だ。

 僕は大笑いしかけて、もう体が無いことに気付いた。

「体と分離した魂は、ぬいぐるみに移動します。その後、しばらくのちに魂は消滅します」

とか説明があったな、などと思い出す。


 綿に包まれている感じは、幼いころ、母に抱かれた感覚を彷彿させた。

 悪くない。

 コアラのぬいぐるみの目を通してみる世界は、少し色鮮やかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

21XX年ぬいぐるみの使い方 タルタルソース柱島 @hashira_jima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ