第2話 そこの侵入者~

 


 ブオンという音と共にオレ達は魔族領へと入った。


 そこには深い森が広がっていた。


 魔族領に関する記述などはほとんど見られない為、本当に未開の地だ。


 視線のようなものも森の中から注がれているし、何なら赤い眼が暗闇に浮かび上がっている。


 だがそれを気にしている時間もない。

 後ろからは魔族領に入ったというのに追手が来ていた。


「嘘だろ? 魔族領にまでくるかよ!」


 オレは絶句した。


 一体どこまで追いかけてこれば気が済むのだろうか。




「そこの侵入者~止まるがよい」


 突如降り注ぐ明るい声。


 声のした上を見れば、そこには一つの人影。


 逆光で顔は分からないが、背中にはコウモリの羽のような翼があるのが分かる。


「キャウウン」

「キナコ!?」


 オレの命令もないのにキナコが止まった。


 それに何やら震えている。


 尻尾を足の間に挟ませてぶるぶると震える様は、あの影に怯えているようにも見える。


 どうなってるんだ? もしかしてあの人が止まれって言ったからか?


 キナコは第三級のキョンシーだ。

 そんじょそこらのモンスターや冒険者など一ひねりできる強さである。


 それ故オレ以外の命令など聞かないはずだが、この怯えよう。


 それはつまり、あの翼の人がキナコでも逆らえないような圧倒的強者ということだ。


 オレはそう当りを付け、ごくりとツバを飲み込んだ。




 オレ達はそういうことでその場に止まったが、追手たちはこれ幸いと距離を縮めてきた。


「これこれ。止まれって申したはずだがのぉ?」


 明るい声は緊張感のない声でそう言うと腕を軽く振るった。



 ――ゴオオオオオ!!



 途端に鳴り響く轟音。



「!!?」


 音のした方を見れば、目に入ってくるのは崖の様に裂けた大地。

 そして出来た溝に落ちていく追手たち。


 残った追手たちも腰が抜けたようにへたり込む者、一目散に逃げていく者と様々だ。


「それ、もう一撃じゃ」


 今度は逃げていく者達が一瞬で細切れになり辺り一面が血の海となる。


 な、何が起こった!?


 オレは働かない頭を必死に動かす。



「だから動くなっていったのにのお」


 数秒の後、先ほどと変わらない緊張感のない声が上からかかる。


「そなたらは正解じゃぞ? その獣に感謝するが良い」


 ばさりと音がする。

 影がスイっと近寄ってきたのだ。


「見た所あやつらに追われていたようだが……、そなたら何をしてあれだけの軍勢に追われていたのじゃ?」


 逆光が収まり、その声の主の姿が浮かび上がった。


 濡れた血のように赤い髪はポニーテールに結われ腰にまで至っており、毛先が巻かれている。

 髪の隙間から覗く眼も深紅に染まっていた。


 黒い着物のような服は丈が短くミニスカになっており、両肩を出している露出度の高い服だ。

 胸元は何とか帯で留まっている状態で、非常に危ない。



「……」


 だが、そんな姿に気が回らぬほどオレは彼女の顔に見とれていた。


 絶世の美女と言っても差し支えないだろう。


 オレだけではなく、仲間全員が見惚れて言葉を発せない。


「ン? これ。妾の美貌に見惚れるのも無理はなかろうが、さっさと問いに答えよ」



「……あ」


 すくみ上るようなシビレが体を貫く。

 彼女の福音のような声が耳に届くたびにゾクゾクとしてしまうのだ。


 なんだ、これは。


 オレは自分の腕に爪を喰いこませ叫び出したい衝動を何とか抑えると口を開いた。


「……っ。すみません。助けていただいて、ありがとう、ございますっ。オレ達はカノン王国に狙われていまして」

「カノン王国?」


 彼女の形のきれいな眉が寄せられる。

 何故だろう。たったそれだけなのに彼女には全て話さないといけない気持ちになってくる。



「はい。あの追手たちはカノン王がオレを捕えようとして差し向けた者達です。オレは召鬼道士(しょうきどうし)なので……あっ」


 オレは頭がぼうっとしていたのだろう。

 初対面の人に聞かせるようなことではない内容までしゃべってしまった。


「召鬼道士? そなたが?」


 彼女は興味深そうにオレの周りをぐるぐると回る。


「ふむぅ? いや、しかし……」


 途中何かぶつぶつとつぶやいていたようだが、オレは未だにふわふわとした感覚から抜け切れていなかった。


 やがて彼女は満足したのか、キナコの上に降り立った。

 オレの前に横向きで座る。


「ふむ。どおりでこれほどまでに早く妾の魅了から抜け出せたわけじゃ」

「み、魅了?」


「ところで……このウィンドサーバル……いや今はウィンドキョンシーか? まあ何でもよいが。こやつの主はそなたなのだな?」

「は、はい」


 彼女は白い指先でオレの顎を滑らせた。

 背中がぞわぞわする。


「うむ。ならば客人として迎えようぞ。そなた名を何と申す?」

「ぁ……え、ヴォンです」


「ヴォン、では参ろうぞ」


 彼女はキナコに方向を告げるとモフモフな背の上で横になった。

 数分もしないうちに寝息が聞こえ始める。




 ……なんだかすっごく疲れた。


 彼女が眠りに付くと何故だかどっと疲れが来た。


 そういえば、いつもなら騒ぐはずの三人が嫌に静かだな。



 オレは気になり後ろを振り向いた。


 皆倒れていた。



 嘘だろ? 何かされたか?


 驚いて息があるか確認する。


 良かった。

 ちゃんと息はある。


 どうやら気絶をしているだけのようだ。

 美女の攻撃を受けたのかは分からないが、起きているのはオレだけだ。



 オレはそのまま疲れた顔でキナコが飛んでいく先を眺めていた。



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